銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 夕方、ある旅籠の裏手で、八兵衛は風呂炊き口の女中を見張っていた。
 女中が風呂炊き口から立ち去ると、八兵衛は足音を忍ばせて、建物に近づき、そっと格子の窓から風呂を覗き込む。
 すると、見えたのは最高の瞬間だった。
 一糸纏わぬかげろうのお弓が美しい足を湯船に入れてゆく。
 八兵衛はごくりと唾を飲み込んだ。
 お弓がつぶやく。
「ふー、気持ちいい、一番風呂はいいわ」
 お弓は濡れた手拭いで頬を撫でるが、八兵衛の目は湯船に半ば浮かんでいる、形のよいふたつの乳房に釘付けである。八兵衛は寿命が延びるように感じた。

 しかし、そこへ突然、風呂の引き戸が開いて、白髪ちょんまげの爺が入ってくる。
「お弓、湯加減はどうじゃ」
「きゃあ、黄門様ったら、どうして私がお風呂に入ってるとわかったんです」
「ふふふ、天性の勘というやつかの?」
「湯船が狭いから私は出ますね」
 お弓が湯船で立ち上がろうとすると、黄門は素早くお弓の背側の湯に入り、お弓の肩を押さえた。
「こうしてくっついて入れば大丈夫じゃて」
 そう言って、一緒に湯船に体を沈める。黄門がお弓を抱っこしてしゃがんだ姿勢である。
「ああん、黄門様ったら、おすけべえ」
「かかか」
 
 覗いていた八兵衛は声を殺して泣き目である。
 くそー、色惚け爺め、俺の可愛いお弓ちゃんを。
 俺はお城に出入りしだした頃から、清水の舞台から飛び降りるつもりで一本の串団子からふたつの団子を女中のお弓ちゃんに分けてたのに。分ける前にこっそり唾もつけてたのに。
 八兵衛はいたたまれず、その場から走り去った。

 ☆

 お弓が城下で一番の料亭に仮の奉公を始めて二日目、早くも悪代官の生森酷之定(いけもりこくのじょう)が噂を聞きつけてやってきた。
 既に助さん、格さんと風車の矢七の調べで、悪代官が堤造りの一座と交わした念書を肌身離さず持っていることがわかっている。その念書を悪代官の懐からこっそり抜き取るのがお弓の仕事だ。
 お弓は主人に導かれて悪代官の座敷に入った。
「これなる娘は、おはると申しまして、昨日入ったばかりでございます。
 行き届かぬ点もあろうかとは思いますが、そこは大目に見てくださりますよう」
「おはると申します」
「おう、よいよい、おはるとやら、ささ、そばへ来て酌をせぬか」
「あい」
 お弓は徳利を持つと、馴れた手つきで悪代官に酌をする。
「じゃ、おはる、ご無礼のないように、ね」
 主人は意味深な言葉を残し、早々に引き上げた。

 お弓は悪代官を酔い潰そうとどんどん酌をするが、悪代官はなかなか潰れなかった。
 こうなると奥の手の出番である。
 徳利が空になったのをきっかけに、お弓は新しい徳利を取りに立ち、廊下で酒に眠り薬を混ぜて、何食わぬ顔で座敷に戻った。

「ささ、どうぞ」
 お弓が徳利の酒を注ぐと、悪代官はお弓を見詰めて口説く。
「そなたはこんな料理屋に置いておくのは勿体ない。
 わしの妾にならぬか?」
「まあ、口がお上手」
「それとも店を持たせてやろうか、うん、どうじゃ?」
「おからかいを」
 お弓は襟元に差し入れようとする悪代官の手をつねった。

 ☆

 翌日、お弓の手に入れた念書を風車の矢七から受け取った黄門と助さん、格さんは奉行所に乗り込んだ。
 
 庭から黄門が一喝する。
「これ、生森酷之定、そなたの悪事はお見通しじゃ。年貢の納め時じゃぞ」
 障子を開けて飛び出した悪代官が声を荒げる。
「出あえ、出あえ、お上を恐れぬ狼藉者じゃ、ひっ捕らえよ」 
 たちまち捕り物連中が大挙して現れて、三人を囲んだ。
「助さん、格さん、懲らしめておやりなさい」
 黄門の命令を受けて、激しい闘いが繰り広げられる。

 はるかに長い得物を持った捕り方だったが、短い刀を持った助さんと、素手の格さんにどんどんと一方的に痛めつけられて倒れてゆく。まるで何か約束事があるかのような不思議な光景である。
 悪代官は劣勢に「うぬぬぬ」と声を洩らすばかり。

「もういいでしょう」
 黄門が言うと、助さんが「静まれ、ええい、静まれー」と怒鳴った。
 それを合図に、黄門と助さん、格さんは階段の上にさりげなく移動するが、しかしやはり不自然に見える。
 そこで格さんが懐からさっと印籠を取り出して突き出す。

「この紋所が目に入らぬか」

 すると印籠を見た悪代官が言い返した。
「そのような大きな印籠が目に入る筈なかろう」
 格さんは想定外の口撃に震え、言葉を失った。

 代わって助さんが怒鳴る。
「愚か者、印籠の御紋をよく見ろと言ってるのだ」
 それでも悪代官はすぐに言い返す。
「それなら始めからそう言えばよかろう。
 それは、一体、なんの紋だ?」
「痴れ者が、恐れ多くも徳川家の三葉葵であるぞ」
「それが本物だという証拠はどこにある?」
 この口撃で助さんも「うっ」と言ったきり言葉を失った。

 そこで黄門が懐からとっておきの証拠を差し出す。
「これはその方の悪行の証となる念書じゃ。
 もはや言い逃れはできんぞ。
 追って、江戸表の殿より厳しき沙汰があろう。
 謹慎して待つがよい」
 しかし、悪代官は少しも悪びれない。
「そちらの攻撃はそれだけか?」
「それだけかと言われれば、これだけだが」
 黄門が答えると、悪代官は「それ、連れて参れ」と声をかけた。

 すると裏手から、お弓が役人に腕をつかまれて出てきた。
 お弓を信頼している黄門が首を傾げてみせると、悪代官が言う。
「黄門よ、お主が各地の代官を懲らしめる世直し旅とは世を欺く真っ赤な偽り。
 旅の真の目的は、嫉妬深い奥方の目を離れ、城女中であったこのお弓という娘とすけべ三昧するための旅だと、この娘が全部吐いたわ」
 黄門の顔が青ざめた。
「しかも公式のお供では露見しやすいゆえ、くの一としてこっそり同行させる念の入れよう。
 また各地の旅籠で、まっ昼間から爺が娘に変な声をあげさせて近くの寺子屋にまで聞こえて迷惑、車輪屋編案内帳の格付け(*1)が下がるなどと苦情が相次いでおる。
 わしもすけべじゃが、おぬしのどすけべには到底敵わぬわ。
 このこと、水戸城の奥方に伝えるから覚悟せよ」

 黄門は真っ赤な顔になって
「ええい、助さん、格さん、あの悪代官をやってしまいなさい」
 命じたが、助さんと格さんは動かずに声を揃えた。
「うすうす気づいてましたが、天下の副将軍とあろう方が。
 失望しました。
 たった今、私は脱藩して浪人になります。さらば」
 二人は黄門の「待て、待て」という声に振り返りもせず去って行った。

 一人残された黄門はその場に崩れるように膝まづき、
「お代官様~、なにとぞ、お目こぼしを~」
 手を合わせて拝んだのである。
「うるさい、そなたと仲の悪い将軍綱吉公からなんぞ沙汰があるまで牢に入っておれ」
 悪代官はそう言い捨て、奥の部屋に消えてしまった。

 役人に縄を打たれた黄門はお弓を睨みつける。
「お弓、裏切りおったな」
 お弓は腕組みして答える。
「ふん、あたしだっていつまでも黄門様の隠し妾でいるつもりはないからね。
 幸い、こちらのお代官様は私が神田秋葉原界隈で冥土喫茶(*2)という店をやりたいと言ったら、それは素晴らしい、お金を全部工面しようって言ってくれたんだよ」
「冥土喫茶とな?」
「ああ、江戸じゃ怪談が大流行りだろ。
 そこに目をつけて、殿方に、浮き世じゃめったにお目にかかれない、ほっそりとやつれた若い美女が肌も透ける薄い白装束でお酌するって寸法さ。
 店に入ってきたら「なかなかお墓に来てくれないから化けてきたの」と迎えて、
 そろそろ帰ると言い出したら「恨めしや、まだ逢い足りないよ」って引き止めてね。
 お品書きから釘を注文すると、美女が殿方の名前を書いた藁人形に五寸釘を打ち込んでくれたり。
 どぶ心太(*3)を頼むと、美女がどぶろくを心太に注いで「毒、毒、盛り、盛り。毒、毒、盛り、盛り。怖ろしい呪いにかーかれっ」と言いながらかきまぜてくれたり。
 いろいろ、冥土喫茶らしいご奉仕をするのさ。
 もちろんさんざん貢がせて、本当の冥土に行くのは殿方のみだけどね」

 黄門は肌の透けるような白装束の美女を思って鼻の下を伸ばしきった。
「おお、面白そうな趣向じゃの、きっと贔屓にするぞ。
 店はいつから開くのじゃ、割引券は早めに、多めに寄こしておきなさい」
「黄門様ったら、ほんとに懲りないねえ」
 お弓が笑うと、黄門も合わせ
 あはは、かかっ、ははは、かかかかっ、
 代官所から望む天下泰平の空に笑い声が響くのであった。    了  




(*1)現代ではミシュランというタイヤメーカーがやってますね
(*2)現代ではメイドカフェという店があるそうですが、これからの流行は高齢者相手の冥土喫茶だろうと確信。
(*3)時代劇で一心太助というキャラがあるようだが、「いちところてんすけ」と読んで正解なのだろうか。

水戸光圀黄門は、テレビドラマのイメージが先行してますが、実際の史実はいろいろ違うようです。内容は洒落にならないから書きません。

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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