銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 五条学園高等部の校舎が見えてきた。
 イエローオーカーのブレザーに濃緑のチェック柄スカートという制服のたまきは、校門の二十メートルほど手前で地面から何か拾っている警備員を見つけて歩みを速めた。
 三十代半ばの警備員は、今では地元のその年齢の人間でもめったに歌わない古風な民謡を歌っている。

 エイヤー 会津磐梯山は
 宝の コラ 山よ
 笹に黄金が
 エー また なり下がる

「おはようございます」
 たまきは五メートルほどに近づいたところで挨拶をかけた。
 ガムかキャラメルの紙くずを拾っていた警備員は顔を上げてニッコリと笑みを返す。
「おはよう…、ございます」
 おはよう、に後から、ございますを付け足したのは、近づいてくる女子高生の顔を見て、彼女がいつも校門まで車で送迎されている理事長の娘五条珠姫だと悟ったからだ。
 五条家は宮家にさかのぼるという京都でも指折りの名家であった。
「羽柳(うりゅう)さん、面白そうな歌ですね」
 下校の時刻は車の方が遅いことがあり、たまきが校門で立ちつくしていると、警備員たちはそばの警備員詰め所で座って待つように促した。そこでの雑談で、たまきは警備員の名前が羽柳諭であると知っていた。
「いや、つい口から出てました。田舎の民謡です」
「笹に黄金がなり下がるってどういうことですか?」
「ああ、たぶん単に、笹に夕陽が生えて黄金に見えるということかな」
 すると、たまきは「素敵」と頷いて目をつぶりひと呼吸した。

 そこで羽柳警備員は疑問をぶつける。
「お嬢さん、今日は遅いんですね、授業はもう始まってますよ」
「ええ、ちょっと近くのお医者に寄って喉のお薬をもらって来たので。
 羽柳さんはえらいです。
 紙くず拾いなんて本来のお仕事じゃないのに」
「いや、目につくと気になるもんで」
「きっとガムとかキャラメルは包み紙でも持ち込むと校則違反になるから、おばかな学友たちが校門の手前で捨てるんだわ、すみません」
 たまきは学友たちの代わりにすっと頭を下げた。
「ああ、それでか、なるほど。
 生徒が捨てるんだろうってのは想像ついてたけど、この辺りに集中するのはそういう理由か」
「ええ、きっと」
 羽柳警備員とたまきは笑い合った。

 唐突に、たまきは羽柳を見つめて力強く言った。
「あの、羽柳さん、私をさっきの歌の場所に連れてってください」
 羽柳警備員はたまきの気まぐれな台詞だと思い「そのうち」と軽く合わせようとした。

 しかし、たまきは急に羽柳警備員の手を強く握って、
「なるべく早く、連れてってほしいんです。
 どうしても行ってみたい理由があるんです」
 と真剣に訴えるのだった。

 ◇

 羽柳警備員はたまきの懇願に引きずられるように、普通電車に乗り込んだ。

 たまきは羽柳に顔を近づけて訊ねた。
「羽柳さんはどうして今まで結婚しなかったの?」
「そういう相手がいなかったからかな」
 羽柳が苦笑しながら答えると、たまきはゆっくり首を横に振った。
「違うな。
 私と一緒になるためでしょ」
 女子高生の強引な言葉に、羽柳は耳が熱くなりそうだった。
「お嬢さんと僕じゃ歳が違いすぎる」
「そんなことないです。
 源氏物語なんかは今なら皆ロリコンで逮捕の年齢差ですよ。
 でも当時は当たり前だった」
「でも今は源氏物語の時代じゃない」
「時代なんてほんとはどうでもいい。
 大事なのは当人同士の気持ちの問題でしょ」

 羽柳はたまきの思いつめた目をしばらく見詰めていたが、やがて、そっと溜め息を吐いて宣言した。
「僕はお嬢さんを恋愛の相手と考えたことは一度もない」
 たまきも負けずに宣言する。
「その分、私は去年から羽柳さんが好きでした」
「困るんだけどな」
 羽柳が冷たく言うと、たまきは羽柳の膝をロングヘアーで覆うように頭を下げ泣き出した。

 羽柳の紺色の制服のズボンにたまきの涙が滲みてゆく。
「お願いだから、そんなふうに泣かないで」
 羽柳はたまきの背中を撫でなだめた。

 たまきはしばらくして、泣き顔を上げて訴える。
「私はあの家に帰りたくない。
 あの父は、私を政略結婚の道具だと考えてるんですよ」
「お父さんが?」
「ええ、そう。
 姉は父の薦めるどこかのドラ息子とお見合いさせられて、それで結婚したけど、あれは出資とか融資とか都合のいい相手を取り込むのが目的なんです。
 私はそんな政略結婚なんて絶対イヤ。
 だから絶対、自分で好きになったひとと駆け落ちするんだって決めてた。
 それが羽柳さんだったの」
 
 ◇
 
 二人は石山で電車を降りて、歩き出した。
「風がさわやか~」
 ブレザーのたまきは嬉しそうに警備員の制服の羽柳の手を引いてどんどんと進む。
 しかし、羽柳は本気にはなれなかった。
 得意先の理事長のお嬢さんを連れまわしたとして、最低でも職場は異動になるだろうし、悪くすると解雇もあるかもしれない。
 そう考えると、すぐにも強引に連れ戻すべきだと思うが、その一方で今しばらく、籠の鳥という運命から逃れられない少女の気に済むようにさせてやりたいとも思った。

 二人は夕暮れの頃、勢田の唐橋にさしかかった。
 今昔物語では鬼の出る橋として、戦国時代は重要な拠点として有名な橋である。
 
 たまきはつかんでた羽柳の手をほどいて、羽柳の背後にまわった。
「おんぶ」
 そう言ってたまきは羽柳の背にとびついた。
 たまきの膝小僧が羽柳の腰の両脇をはさもうとする。
 羽柳は仕方なく、そしてどぎまぎしながら、たまきの左右の太腿の下を外側から抱えてやった。
 たまきのロングヘアーが風に揺れて羽柳の頬をくすぐった。
 背負ったたまきは重いようでも軽いようでもあった。

「羽柳さん、走って~」
 
 羽柳は突然走り出した。
 やけになったのかもしれない。羽柳はたまきをおぶったまま、夕闇に伸びる勢田の唐橋を力の限り走った。
「羽柳さん、もっと速く~」
 羽柳はたまきの声援を首筋に受けて駆けた。

 ちょうど橋の半ばに差し掛かった時。
 10メートル前方の橋の路面が2メートル近く抜け落ちているのが見えた。
 隙間から覗く川面が揺れているのがわかる。
 落ちたら溺れるかもしれない。
 怖れが黒雲のように胸の底にわいた。

 しかし、羽柳は走るのをやめなかった。
 まるで何かに突き動かされるように。
 さらに速力を上げて、踏み切った。
「たあっ」
 羽柳は叫んで穴を一気に飛び越えた。
 羽柳とたまきをまとめて飲み込もうとしていた不気味な口は飛び越えられたのだ。

 そのまま走り続けていこうとした時、背中のたまきが声をかけた。
「どうして今飛び上がったの?」
「どうしてって、橋があそこだけ途切れていたから」
「そんなことあるはずない」
 たまきの強い口調に羽柳は立ち止まって、今来た橋を振り向いた。

 そこにある橋の路面はどこも途切れてなどいなかった。

「いや、たしかに途切れていたんだ」
 羽柳が目を丸く見開いて路面を見詰めて言うと、たまきが明かした。
「あそこが途切れて見えたのは、羽柳さん、
 あなたが、大昔、私をおぶってここを駆け抜けた武蔵の衛士だったから」
 たまきはすべてを知っていたかのように説明する。
「更級日記にある有名な話よ。
 宮中で警護についていた武蔵の衛士が故郷の歌を唄うと、それを聞きつけたお姫様はどうしてもそれが見たいとねだった。
 衛士はお姫様をおぶってこの橋にさしかかった。そこで衛士は追っ手を手間取らせるために板を外して飛び越えた。そして武蔵の国まで駆け落ちしたの」
「俺があの…」
 羽柳は否定できない自分に戸惑っていた。
「だから私は羽柳さんの珍しい歌を聞いて、私の運命の時が来たのだと悟った」
 脳裏をなぜか古風な姫の顔がよぎった。白い頬のふくらみ、紅をさした小さな唇、漆のようなつぶらな瞳。それはたまきそのものではないが、たまきにどこか似ているようだった。
「どうして、わざわざ飛び越えなければならない側の板を外したの?」
 たまきが畳み掛けると、羽柳は反射的に答えた。
「越えられなかったらそこであきらめる、飛び越えられたら駆け落ちする。
 大それた駆け落ちの決心をあそこで賭けたんだ」
 羽柳の即答にたまきは微笑んだ。
「そんな答えを知ってるのはその時の衛士だけでしょ」
 
 羽柳は黙って頷くと、たまきをおぶったまま東を目指し駆け出した。  了

  


 767年、丈部不破麻呂は武蔵宿禰の姓を受け、数日後国造に任じられています。
 この異様な出世は、更級日記竹芝伝説の証であるとも考えられているようです。
 年齢の設定は最近読んだ村上春樹の小説のせい(と他人になすりつけ…笑)
 現在の勢田の唐橋は横から見ると木製風なのに、路面は趣きないコンクリートです。当初、あやうく板とか書いてたが、路面の写真みつけて修正w 
 
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 f_02.gif プログ村

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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