銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 †††

 朦朧とする意識だが、朦朧としていることに気づいた。
 貴子は、不完全ではあるが意識を回復したようだ。

「貴子さん、気がつきましたか?」
 男の声がする。しかし、天野の声ではなさそうだ。

 部屋はうっすらと最小の電灯が点っている。
 そうだ、舞踏会が終わって、何をしたかはっきりしないが、あの時、自分は吸血鬼に襲われたのだ。
 今はベッドの上に横にされて、吸血鬼の餌食になっているところなのだろう。手や足はベッドにくくりつけられたらしく殆ど動かせない。
「あなたが吸血鬼ですの?」
 朦朧とした貴子が呑気な口調で尋ねると、吸血鬼は貴子のうなじに刺したゴム管をはずして笑った。
「ええ、私、五棟耕三が吸血鬼ですよ」
「天野さんがすぐに来て、あなたを捕まえますよ」
 仄かな明かりの下で五棟が微笑した。
「ああ、天野助教授ですね」
 その口調が小馬鹿にしたようだったので、貴子はきつく言った。
「天野さんはあなたが考えるより強い方ですわ」 
「いえ、すっかり忘れてたのですよ。
 私がここに着いて、すぐ外にバッグを取りに戻った時に、丁度、電報配達がやってきて、電報をよこしたのです。それが、天野助教授から貴子さんあての電報でした。今、見せてあげますよ」

 五棟はポケットから電報を取り出して貴子の目の前に広げた。
 貴子は声に出して読んでみる。
「キヲツケヨ、ゴトウガキユウケツキ」
 なんてことだ。当の吸血鬼本人が受け取っては自分に届く筈がない。
 五棟は愉快そうに続ける。
「山口からでは特急列車に乗っても天野助教授が東京に着くのは真夜中。
 いや、電報に記された時刻から推察すれば、電報を打ったのは特急列車に乗り遅れたためでしょうから、東京に着くのはあさっての真夜中でしょう」
 貴子は落胆した。天野助教授が間の悪いのはいつものことだが、今回は自分の絶体絶命の危機なのだからなんとか助けてほしかった。
 しかし、それはもう無理らしい。
 貴子は朦朧としながら、あきらめた。

「それにしても」と貴子は言った。
「あなたが二人も女性を殺す方には見えませんわ」
「いいえ、殺してなどいませんよ」
 五棟が心外だと言わんばかりに強く否定したので、
 貴子は「えっ」と声を洩らした。
「あれは私が神田の本屋で医学書を選んでいた時でした。
 阿南真登子さんが『お医者様ですか』と声をかけてきたのです。
 私がうなづくと、『きれいに自殺する方法はありませんでしょうか』と聞くのです。
 私は困りましたが、放ってもおけない話題なので近くのカフェーで聞いてやったのです」
「そうなのですか」
 そこで五棟は貴子に訊いてくる。
「貴子さんにとって阿南真登子さんはどんな人でした?」
「そう、まるで妹のように私を慕ってました。
 だから今回はショックで」
 五棟は頷いて、貴子を見つめる。
「では真登子さんの気持ちに気づいてなかったのですか?」
「気持ち?
 どういうことですの?」
「彼女に『好きだ』と言われたことはありましたか?」
「ええ、ありますわ、でもそれ以前に『姉のようだ』と言われてましたから、そういう意味だと…」
 自分でそう言いながら貴子はようやく気づいた。

「えっ、まさか?」

「そうです、真登子さんはあなたに恋をしていたのです」
 貴子は困惑した。
 女学校時代には数人の同級生とその数倍の下級生に恋を告白されたことがある。しかし、自分にはそういう興味は全くなかった。
 そのような過去の告白主に比べると、阿南真登子はむしろ控えめな印象だった。
 しかし、考え直してみると、興味がないと振られた相手から阿南真登子は話を聞き出して、作戦を立て直し、婉曲に姉のようだと言い寄ったのかもしれない。だから、ことあるごとに家まで訪れてきたのは、実際は貴子に恋をしていたせいなのだ。
 その時、自分は全く気づかなかったが、きっとそういうことだったのだ。

 貴子は真登子の気持ちに気づいてやれなかった自分のうかつさを後悔した。
「では真登子さんは私に恋をしていたのですね。
 なのに、私ったら、真登子さんにたっぷりのろけて、天野さんとの婚約を披露してしまいました。
 ああ、なんて取り返しのつかないことを」
「それで彼女は勝手に思いつめて、自殺の方法を私に尋ねたのです。
 そこでもともと吸血鬼の私は、ひとは血を抜けば、ずいぶん楽に死ねるなどといい加減なことを言ってやったのです。
 そして自殺を手伝ってあげようと約束し、それを実行した。
 こんな顛末ですから、あれは殺人ではなくて自殺の手助けです」
「私はどうして気づいて話しをしてあげられなかったんでしょう」
「貴子さん、あなたは贖罪として真登子さんの後を追うべきですよ。
 そうでしょう?」
 真登子の自殺のきっかけになったからといって貴子に責任はないはずだ。いつもの貴子なら毅然と拒否していただろう。が、低下した貴子の意識は判断力も弱まり、暗示や誘導に染まりやすくなっていた。
「あなたは相手の切なる心に気づかず、あらんことか彼女の真剣な気持ちを逆なでするような婚約話を得意顔で打ち明け、無垢なか弱い女を自殺に追いやったのですよ」
 貴子は泣き出した。
「許してください」
「私に言われても困ります。
 貴子さん、あなたは真登子と同じようにみずから死んで、彼女にあやまるべきです。そうするしかないでしょう」
「……」
「これから貴子さんの血を少しずつ抜いてあげますから、貴子さんは真登子さんの苦しみを思って謝罪するのです。たぶん夜が明ける前には全部の血が抜けるでしょう。
 私の手助けで恐怖に負けず、あなたは自殺するのです、いいですね?」
 五棟が促すように訊ねると、貴子は小さくうなづいた。
「よろしい。
 では、遺書を書いてもらいましょう」
 五棟は貴子の腕の戒めを解くと、便箋とペンを持ってきて貴子に遺書を書かせた。
 貴子は涙をこぼしながら、力が入らず震えた筆跡で阿南真登子への謝罪の言葉を並べて、死んでお詫びするとしめくくった。
 五棟は満足そうに遺書を受け取ると、再び貴子の腕をくくり直した。

「これで吸血鬼の私が貴子さんの命を旅立たせてあげますよ」
 五棟は声を立てずに笑った。 
「あなたはどうして吸血鬼になったのですか?
 あの挿絵を見てですの?」
 貴子の質問に五棟は首を横に振る。
「まさか。
 そんな歴史の浅いものではありません。
 私の家は戦国時代の頃、毛利の家臣の武将だったのです」
 五棟は貴子に家の秘密を明かして聞かせた。
「照葉山城にたてこもるわが五棟家は秀吉軍に包囲され兵糧攻めに遭い、餓死寸前にまで追い詰められたのです。
 そこで五棟宣明、宣忠親子は最後の出撃に出たのですが、その直前に椿姫は捧げ死んだのです。
 その後父宣明は討ち死にするのですが、宣忠は戦場を逃げ出して生き延びたのです。
 情けない話ですから、あいまいなことしか伝わってないようでした。
 私が椿姫が捧げ死んだという具体的な様子を尋ねると祖母は椿姫は自害したのだと説明しました。
 しかし、祖母の答えを聞きながら私ははっと気づいたのです。
 武士がおめおめと生き延びるなどそれこそ家の恥です。
 しかし、それを知りながらも宣忠があえて逃げたのは、宣忠が妹椿姫の血を飲んだからなのですよ。
 それが宣忠の精神と肉体を一変させて吸血鬼と化し、武士の道などに義理を感じなくなったからに違いないのです。
 私は宣忠は妹椿姫の血を飲んで、本邦固有の吸血鬼になったのだと確信しました。
 つまりわが家系は戦国以来の吸血鬼の家系なのです。
 もっとも私以外の家族はそのことを自覚してないようですがね」
 貴子はみすずに思い及んだ。
「では、みすずさんは?」
「ええ、みすずが幼い頃に私が祖母の話につきあわせました。
 そしてみすずも私の家が吸血鬼の子孫であるのだと確信したようです。
 まだ身分の違いなどわからぬみすずは私に椿姫になりたいと言い、私は宣忠だと宣言し、毎日のように千枚通しでみすずの指を傷つけ、血を吸う遊びを繰り返したのです」
「そうでしたの」
「それ以来、みすずは毎日私に血を捧げてきたのです。
 ですから、みすずも、私が殺したわけではありません。
 阿南真登子さんのケースで、致死血量をじっくり観察できた私は少しばかり限界について大胆になってしまい、いつもより余計に血を抜いたら、たまたま体調の悪かったみすずが不可逆ショックを起こしてしまい死んでしまったのです。つまり事故です」
「そうでしたか」
「それでは、そろそろ貴子さんも真登子さんの待っているところに旅立ちますか?」

 五棟は貴子のうなじにゴム管を刺して、吸い始めるのだった。
 
(吸血鬼ドラキュラ15につづく)




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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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