銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 †††

 天野助教授が山口で椿姫のヒントを掴んだ、その日の三時過ぎ。
 舞踏会の受付が始まる前の漆原宮家を五棟耕三が訪れた。
 五棟は星の徽章に頭周に金の線二本が入ったカーキー色の正帽、カーキー色の上下に短靴という陸軍士官の出で立ちである。

 執事に案内されて、五棟が応接間に現れると、淡いベージュのドレス姿の貴子が笑顔で出迎えた。
「五棟様、ようこそおいでくださいました」
「貴子様、本日は舞踏会にお招きいただいてありがとうございます。
 何分、田舎者ですので、手ほどきをお願いいたします」
「手ほどきするほどうまくないですわ」
「それにしても貴子様はお綺麗で、見てるだけで気後れしますよ」
「あら、そんなにお愛想がお上手だと教えることもなさそうですわ。
 五棟様は陸軍の格好ですのね、お似合いですわ」
 貴子が褒めると五棟は照れた。
「うちにはよい洋服がないので兄から借りてきました」

 そこで五棟は何か思い出したごとく「あっ」と声を発した。

「どうしましたの?」
「バッグを車を降りたところに置いたまま忘れました、取ってきます」
 玄関の外に駆けてゆく五棟の軍靴の音が響き、しばらくして、貴子の前に戻って来た。
「これは小道具です」
 五棟は手にした大きな布製バッグを開いて見せる。
「ラッパやら背嚢やら外套やら、いろいろ持ってきましたが、考えてみたらこの軍服で背嚢はおかしいんもしれません」
 貴子は息をスタッカートのように切ってフフッと笑った。
「そういえば舞踏会で背嚢を背負ってる士官は見たことありませんわ」 
「やはりそうですか、はははは」
 五棟は大きな声で笑った。
「五棟様、ダンスの方はよく踊られますの?」
「見よう見真似で、正式に習ったことはないのです。
 お相手して教えていただけますか」
「ええ、せっかく早めにお呼びしたのですもの。
 広間に参りましょう」
 
 貴子は五棟と向き合い手を組み、五棟は貴子の背にもう一方の手をまわし、貴子はその腕に手を添えた。
 執事が広間の隅のテエブルの蓄音機を動かしワルツのメロディが流れる。
 ワルツのメロディーに乗って二人は優雅に滑るように足を運んだ。五棟のステップが上手なので、腰と腰の間隔が一定に保たれ、貴子は安心して体を反らし、ターンに移れる。
 踊りながら貴子が言う。
「五棟様ったらご謙遜ですのね。
 ずいぶんにお上手ではありませんか?」
「そうですか?自分では姿が見えませんからわかりません」
「こんなにお上手でいらっしゃるのに、教えてなんて嫌味ですわよ」
 そう言いながら貴子は、対称的な天野助教授のステップを思い浮かべた。
 なんと形容したらよいのか、まるで蟹の縦歩きのようなステップが浮かんで、貴子は思わず苦笑した。
 五棟が囁く。
「どうかしましたか?」
「い、いえ、別に」
「私もみすずとたまにダンスの真似事をしたことはあったのですが、みすずも西洋の踊りは苦手だと言ってました。
 二人とも苦手なのですからうまいはずがない」
「まあ、そうでしたの。でもお上手ですわ」
 しかし、みすずさんのことを忘れてもらうために誘ったのだ。
 貴子はそう思いながら話しかける。
「今日はたくさんお客様も来られますから、ゆっくりダンスを楽しんでくださいまし」
「ご招待いただき、楽しく過ごせそうです。
 ありがとうございます」
 
 その夜の舞踏会は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵家から二十数人が集まり、それに加えて在日大使館の各国大使なども顔を揃えて、古き鹿鳴館時代を偲ばせる盛大なものとなった。

 五棟はダンスしていた相手と挨拶を交わすと、友人と談笑していた貴子を目指して歩み寄ってきた。
「貴子さん、なにやら疲れました」
「五棟様、だいぶおもてのようですわね」
「次から次へとご令嬢方が声をかけてくるので、休む暇がありません。
 これは貴子様の差し金ですか?」
「まさか」
 と、貴子は笑みを返したが、実際は、次々に「あの陸軍士官の格好の五棟様が空いていたら誘ってあげて」と頼んでまわってたのである。
「ワインの酔いとダンスの疲れでくたくたです。
 休める場所はありませんか?」
「では、上に空いてる部屋がありますから、そこでお休みください」
 貴子は五棟を連れて、階段をあがり、天野助教授の部屋の並びの空き室のドアを開けて照明のスイッチをつけてやった。 
 
 部屋は十畳ほどの広さで、大きなベッドと簡単な応接セットが置いてあり、壁に並んだドアをを開けるとクローゼットと洗面所と浴室がついた西洋のホテル並みの部屋である。 
「これは素晴らしい部屋ですね。
 これがベッドというものですか」
 五棟はベッドを押して弾力を確かめて腰掛けると、マットの撥条(バネ)を使って、子供のように小さく撥ねて遊び、笑った。
「父がアメリカのホテルを真似て造らせましたの。
 ここでしばらくゆっくりしてください」
「ご好意感謝いたします。
 ただ、下で私と踊りたいご令嬢方が五名ほど貯まったら呼びに来てください」
「まあ、ずいぶんと浮気者ですのね」
 貴子は笑って部屋から出て行った。

 そろそろ最後の曲になろうという頃に、貴子が五棟を呼びに行くと、ドアには鍵がかかていて、廊下まで鼾が聞こえてきた。
 そこで、貴子は笑いながら引き返した。

 最後のワルツを踊り終えた貴子が、客人たちと別れの挨拶を交わして、再び、二階に引き返すと、今度は鼾は止んでいた。
 ドアのノブをまわすと、鍵はかかっておらず、照明の消えた室内に窓から月光が差し込んで床に窓枠のシルエットを映し出している。

「五棟様、いらっしゃいますか?」

 貴子は部屋の中に入って目を凝らした。
 ベッドは空のようだ。
「下に降りたのかしら」
 貴子はさらにひととおり室内を見回して息を呑んだ。
 自分が開けたドアのすぐ脇の死角に、襟を立てた黒いマントの男が立っていたのだ。
 それは挿絵で見た吸血鬼そっくりだった。
「きッ」
 悲鳴を上げようとする貴子を吸血鬼は素早く捕まえて、次の瞬間、貴子の首筋に何かが刺さる感触があった。
 声が声にならない。
 貴子は吸血鬼の腕に抱かれたまま、うなじを生温かいものが這うのを感じながら、次第に意識を失くしてゆくのだった。
 
(吸血鬼ドラキュラ14につづく)





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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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