銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

アイデアもないのに、つるさんのホワイト・デー企画 のお誘いにうっかり乗ってしまいました。



 テレフォン

   □

 大倉旬が未弥の部屋を訪れた時、夜七時をまわっていた。

 未弥の住むマンションは二階建てで、入り口にセキュリティードアのない旧式の造りだ。階段を上がり部屋の扉の前に辿り着いた旬は、インターホンを鳴らそうとして、渋茶色したオートロックドアの下部の隙間から傘の先の金属が突き出し光っているのに気がついた。
「ったく、無用心だな」
 たぶん未弥が帰った時、急いでいて、傘をきちんと傘立てに収めず、奥に入ってしまったんだろう。
 旬はドアを開けて、傘を収め、「おい、ドアが開いてたぞ」と声に出しながら狭い廊下を進んだ。
 しかし、未弥は友人と携帯で話しているらしく、内ドア越しにはっきりと声が聞こえてくる。

《えー、いいなあ、じゃあ、ユンちゃんは週末のホワイトデーはラブラブなんだ。
 え、私?
 わかんないよ、あいつ、ホワイトデーもよく忘れてるし、今時、携帯も持ってない変人だからね》

 旬はドキッとしてドアノブに伸ばしかけた手を止めた。その変人はかなりの確率で、というか間違いなく旬のことだ。旬は聞き耳を立てた。

《携帯持つとずっと誰かに追いかけられてるような気がして嫌らしいよ。なんだか無理に作った理由だよね。
 私も普通に携帯で、まめなコールとかメール欲しいよ。
 うーん、それも期待できないよ、私、あいつからホワイトデーにキャンデー以外のお返しをもらった事ないんだよ、信じられる?小学生じゃないっつの……》

 っ、いけないのかよ、キャンデーじゃ。あんなの形式的な儀式だろう。

《ユンちゃん、ちょっと聞いてくれる、バレンタインはね、毎年、私、手編みのマフラー、贈ってんだよ、え、もう何度も聞かされてる?
 でも今年もなのよ、去年の私のあげたマフラーも、どっかの居酒屋かなんかで忘れて失くしちゃったなんて、へらへら笑いながら言うんだよ。
 プレゼントを大事にできないのって、プレゼントしてくれた人を大事にできないことだよね、愛情、疑いたくなるよ》

 旬はマフラーを家に置いてきたことを悔やんだ。そもそも、マフラーってやつは酔ってしまうと忘れやすいだよな、大体、酔った帰りは寒くないから気づかないもんだ。情状酌量の余地があるんじゃないか……。
 旬は一度きちんと謝っておこうかと考えた。
 未弥の話はまだ続いている。

《うーん、付き合いだして五年過ぎたかな、長すぎるよね、ユンちゃんさ、彼氏の友達で私に合いそうな人がいたら、ちょっとリスト作っておいてよ。
 え、違うよ、私からはまだ別れないと思うけど、いざという時のために準備しといた方がいいかなーって気も少しするんだよね》

 その言葉に旬の心臓のあたりで何かが逆流してカーッと熱くなった。
 部屋の中に飛び込んで怒ろうとしたが、握りしめた自分の手を眺めていた。それは小刻みに震えていた。
 旬は足音を殺し、そっと部屋を後にした。

 旬は自分の部屋に向け歩きながら、苛立っていた。
「くそーっ」
 コンクリートの電柱を殴りつけ、かえって自分の拳に走った激痛に驚いて、飛び上がりそうだ。
「踏んだり蹴ったりってか」
 つい今しがた、携帯電話の購入代金を儲けようとして入ったパチンコ店でのこと、リーチが寄せる波のように何度も来るのだが、三枚目の絵柄が後一歩というところで、スッとずれてイカイカタコ、タコタコサザエとなってしまい、一向に三枚揃って大当たりとならず、気がつくと一度も当たりが出ないまま数時間が過ぎ、パチンコ台を殴りつけて、店員に睨まれて退散してきたのだ。
 結局、あのパチンコ店には携帯電話何台分も収めてしまった。
 いや、問題は金ではない。
「もう、未弥には振られそうだな」
 溜め息のように思いがけない言葉が出て、その言葉の重みに旬は涙ぐんだ。

   ○

 その土曜日、未弥は、夕方から今晩にかけて、転がりこんでくるであろう旬のために、午前中にスーパーで買い物を済ませて、部屋を片付けていた。
 別に期待なんか少しもしてない。あいつは今日がホワイト・デーであるなんて忘れているに決まってる。単に腹を空かせてやって来るハイエナのような奴なのだ。
 窓をきれいに拭きあげた未弥は、ガラスに息を吹きかけて旬と書いて消した。

 旬は夕方に、首に未弥のあげたマフラーをして、肩にいつものディバックをかけてやって来た。
「やあ、久しぶり」
「何、その変な挨拶、いつもそんな挨拶しないじゃない、入って」
 未弥はお湯を沸かし「コーヒーでいいよね」と言いながら、旬を眺めた。
「ああ」
 テーブルに向かい座っている旬はなんとなく雰囲気がおかしい。
 今日、喧嘩したら、私たちは別れるかもしれない。
 未弥は瞬間的にそう思った。
 どうしてそう感じたのかはわからないが、女の直感だ。

 未弥がコーヒーにクッキーをつけてテーブルに並べると、旬はそっとひと口飲んで何か言いたげな目で未弥を見た。
「あの、ミヤさ、今日はホワイト・デーて、知ってた?」
「知ってるわよ、旬は、よーく忘れてたけどね」
 旬は「あはは」と乾いた笑いを返した。
「それでさ、未弥にはバレンタインにいつもマフラーもらって感謝してるよ」
「いつもってのも変だけどね」
 未弥はつい言い返して少し後悔した。
「う、うん」
 旬はディバックから無地の安っぽい紙袋を取り出した。
「これ、お返しに。受け取ってくれる?」
「え、ええ」
 惣菜のコロッケでも入ってそうな無地の紙袋なのだ。
 これ程、ときめかないお返しのラッピングもないだろう。
 未弥は、それでもここは喜ぶふりをしようと心の準備をして、紙袋を開けてみた。

 しかし、中から出てきたのは、ふたつのプラスチックの筒が糸で繋がった糸電話だ。

 思わず未弥の声が高ぶった。
「ふざけないでよ、子供のおもちゃじゃない」
 旬は頭を掻いて言った。
「うん、大人用の糸電話は売ってなくてさ」
「バカにしてるわ」
 未弥は怒鳴った。
「そ、そういうつもりじゃないんだ」
「じゃあ、どういうつもりよ?」
 未弥が厳しい目で詰め寄ると、旬は蒼ざめた顔で精一杯答えた。
「ほら、ミヤさ、前にもっとそばにいてほしいって言っただろ?
 これを使うために、これからはもっとミヤのそばにいるようにするって、そういうつもりで買ったんだ」
 まわりくどいが、そう言われれば未弥は悪い気はしない。少し怒りが収まりかける。
「とにかくちょっと使ってみようよ、それを耳にあてて」
 未弥は筒を耳にあてがい、もう一方の筒を旬が口元に構えた。 
「実は、数日前、いわゆる夢を見たんだ」
 糸を伝って届く旬の声はいつもより柔らかく聞こえた。
「街中で、ミヤが俺以外の男とデートしてるんだ。
 それを俺は遠くから見つけて、すごく寂しくて、悲しくて、泣きたくなった。
 そしてわかった。
 俺にとって未弥はとても大事な存在なんだ。
 そう、誰よりも大事な存在だ。
 未弥は毎年、マフラー編んでくれるのに、俺はそれを大切にできなくて失くしちゃってた。それを酔ったせいとか理由をつけて正当化してた。でも俺が失くしたと告げた時、ミヤがどんなに悲しかったか想像しなかった。
 ミヤがもっと声を聞いたり、メールしたいから携帯持ってくれと言っても、自分のことばかり考えて携帯を持たなかった。
 訳あって今すぐは携帯を持てないけど、来月には携帯を買うよ。
 それまではこの糸電話で話すから許してくれよ」
 未弥の瞳から涙が零れた。
 未弥は筒を口にあてた。
 旬もハッとして自分の筒を耳にあてた。
「旬、あのね、携帯はこれからも持たなくていい。
 私はこれからもずっとずっと、この糸電話で旬に話してほしいの」
 旬は未弥を抱き寄せた。

 あれ以来、糸電話は二人の一番の宝だ。    了
 





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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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