銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 鳶松刑事は芥川の部屋を見張る前に、真登子が通っていたという薙刀道場を訪ねた。
 垣根の内に入ると古めかしい道場そのままの平屋造りである。
 時々、女性の高い掛け声が聞こえてくる。
 開け放たれていた玄関に立ち、中へ呼びかけると、すぐに男が出てきた。
「なんの御用ですか?」
 鳶松は警視庁の手帳を掲げて言う。
「警察の者です。阿南さんのことで聞きたいのです」
 男はやや緊張した面持ちで言った。
「はい?そのことなら、先日、お話しましたし、自殺ならいまさら調べることもないと思いますが」
 鳶松は隙を与えず訊ねる。
「申し訳ない、まだ自殺か病気かどうか判定しかねておるのです、そこで今一度聞かせてください。
 阿南さんが亡くなる前の様子を思い出してもらいたいのです。いつもと変わったことはありませんでしたか?」
 男は「前も話しましたが」と前置きして、
「特に、変わったことはなかったですね」
「特にはなしと。ただ、強いて言えばどうです?」
「そうですねえ、強いて言えば、少し元気がないことはあったかもしれないですがね」
 その言葉に鳶松は喰らいついた。
「死ぬ前に元気がないと見えたんですな?」
「ええ、しかし、そんなのは誰にでもあることでしょう。
 元気のいい時と元気のない時は波のようにくるもんでしょう。ちょっと元気がないぐらいで人が死ぬなら、町は葬式だらけです」
「それは、たしかにそうですな。
 ま、よろしいです。
 よかったら、こちらの生徒さんにも話を聞かせていただきたいのですが」
「生徒ですか、ちょっとお待ちください」

 男が奥に引っ込んだかと思うとしばらくして、男は道着に袴姿の若い女性を二名連れて戻ってきた。一人は丸顔におちょぼ口で、もう一人は切れ長の目で肩で息をしている。
 鳶松は一礼して切り出す。
「練習中、邪魔します。
 阿南さんのことで教えてください。つきあっている男性はいたようですか?」
 すると、二人は同時に首を左右に振った。
「阿南さんは真面目なひとです」「聞いたことないです」
「では、亡くなる前、何か気になったり、気づいたことがあれば教えていただきたい」
 鳶松がじっと見つめていると、切れ長の女性は小さく唸って困るようだったが、不意におちょぼ口の女性が切り出した。
「そういえば、私、練習に遅れたことがあったんですが、その時、垣根のところに帝大生が立って、中を覗いてました」
「その男が帝大生とわかったのですか?」
「私が近づくと気づいてこちらを振り向いたんです。学生服に白い学帽、※校章は帝大のものでした。学帽から毛が出てましたから、刈り上げ頭じゃないです」
 鳶松の耳は急に赤みを帯びた。
「それだ。いや、失敬。
 それで顔は覚えてますか?」
「ええ、頭のよさそうな印象でしたが、少し目つきが冷たい感じでした。私は顔を伏せて通り過ぎて道場に入りました」
「その帝大生の似顔絵を作りたいのでご協力いただけますか?後刻、係の者をこちらかご自宅に伺わせますから」
「ど、どうして?」
「死因がはっきりしないので、いろんな可能性を調べておるのです」
「その帝大生が何か?」
「もしかしたら事情を知ってるかもしれませんからな。ご協力してください」
「わ、わかりました」
「感謝します」
 鳶松は彼女の住所を聞き取ると礼を言って薙刀道場を後にした。

 芥川の住む二階建てのアパルトメントは神田の通りを少し入った小学校のそばにあった。
 木造ではあったが、震災後、お上の肝入りで始まった同潤会アパートを真似た設計で、屋根も傾斜がゆるく四角張った形をして、モダンな雰囲気がある。
 玄関を入ると、まず下駄箱というものが見当たらない。土足のまま、廊下をすすむと各々の部屋の扉があるという造りだ。
 鳶松は静かに階段を上がって、芥川の部屋の扉の前に立ち、気配を窺った。
 まだ帰っていないのか静まり返っている。
 そこで鳶松は隣の部屋の扉をひとつノックして開けて、中に入った。
 扉を開けると、そこが壁際に便所と洗面が個室としてある。実際に居住する部屋はさらに奥にあるという西洋の宿のような造りである。
 鳶松は靴を脱いで、奥の部屋に入ると声をかけた。
「まだ帰ってないようだな」
「はい、まだです」
 窓際から振り向いて、そう言ったのは部下の林田だ。
「うん、芥川だが、薙刀道場を覗いてたかもしれねえぜ」
「それは、いよいよ怪しいじゃないですか」
「被害者に目をつけていたのかもしれねえな」
「取調べに引っ張れるといいですが」
「目撃した者の話でとりあえず似顔絵を描いてもらい参考人として話を聞くって算段だな」

 その時、扉が開く音がして人が入ってきた。
 この部屋の住人であり、近くの医療具問屋につとめる中間管理職の独身男である。
 男は手ぬぐいで顔を拭いながら言う。
「ご苦労様です」
「どうも、お邪魔してます」
「いいえ、警察に協力するのは東京市民の義務ですから」
「いや、そう言っていただけるとありがたい限りです。
 宿の方は本郷に取りましたから」
「はあ、そうですか、大変ですね、本郷とこちらと往復じゃ」
 鳶松は困って苦笑した。
「いや、我々ではなくあなたの泊まる宿です。
 重要な事件なものですから、我々はここを離れるわけにはいかんのです。宿代はさる筋がお払いしますのでご協力お願いします」
「は、はあ」
 鳶松が旅館への道を書いて渡すと、男は溜め息を吐いて部屋から出て行った。

(吸血鬼ドラキュラ7につづく)



※銀杏の校章は戦後の制定。また専門課程の帝大と教養課程の一高(オリーブ)でも違うようです。ご想像をたくましくして下さい。




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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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