銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 地方の男爵の出であるという五棟耕三の家は小石川区にあった。
 広い敷地に和式建築の大き目の一軒家である。
「こういう林の中のお家は静かでいいですわね」 
 着物に袴の女学生姿の貴子が廊下から庭を眺めて言うと、五棟は照れ笑いを浮かべた。
「ええ、静かなところだけが取り柄です。
 もっとも、少し歩くと、高速地下電車が計画されてる道まで出ますよ」
「ほお、この辺りも高速地下電車が通りますか」
「土地が足りないわけじゃなし、何も地下に潜らなくてもよいと思うのですが」
 天野助教授と貴子は、五棟から帝国大学犯罪小説倶楽部の例会を開くと聞いて、それに参加するために五棟の家を訪ねたのだ。

 廊下から部屋に入ると和室の上に絨毯が敷いてあり、その上にテエブルと椅子がある。
 天野が椅子に掛けながら訊ねる。
「五棟さんのご出身はどちらです?」
「山口です。祖父が御維新で功を上げ、男爵になったのです」
「そうでしたか。
 五棟さんは何人兄弟です?」
「五人です。兄が二人に弟と妹が一人ずつ。兄は二人とも陸軍将校で、一番上は陸軍省勤務なので牛込区に住んでおるのです」
「ほお、兄上は陸軍将校でしたか」
「そうなのです。山口の本家では私もその方面に進んでほしかったのが、医学に進んだものだから気に入らんようです」
 五棟は打ち明けて笑った。
 天野助教授が提案する。
「医学者で小説が好きなら、森鴎外を真似たらいかがです。軍医で小説家なら、ご実家も文句は言いますまい」
「はあ、小説を読むのは好きですが、書くのは面倒ですからそこは結構です」
 五棟が豪快に笑っていると、障子戸が開いて、着物を着た若い女性が盆を持ってきた。
 一礼する女性を五棟が紹介する。
「許婚の木野みすずです」
 鼻筋が通って、目が切れ長で、洋服を着せたらなかなかのモガ※になりそうである。
「ようこそおいで下さいました」
 天野助教授と貴子は自己紹介して、みすずからお茶を給仕された。
「みすずさんはこちらの方ですの?」
 貴子が訊くとみすずは襟の前で手を払った。
「私も五棟様と一緒で、山口の出身です」
 貴子は微笑んだ。
「では、馴れ初めも山口ですのね、伺いたいわ」
 すると、五棟が答えた。
「みすずは母が本家の奉公人だったのです。
 ですから、貴子様のお気に入るような馴れ初めはないのです。
 格式ある家なら使用人の娘など許婚にしませんが、取るに足らぬ武家の三男ですから」
 五棟はまた大笑いした。
 貴子はみすずを見つめて言う。
「女にしたら幸せなことです、みすずさんが羨ましいわ」
「貴子様」
 みすずは二の句が継げずに照れた。
 
 玄関の開く音に「五棟さん」と呼ぶ声が続き、みすずが足早に応対に出た。
 二人の男の足音を引き連れて、みすずの足音が戻ってくると、五棟は「きっと芥川君と堀井君ですよ」と予告した。
「堀井君は冊子出版の事務方を引き受けてくれているのです」
「ほお、そうでしたか」
 障子戸がみすずの手で開いて、「やあ」と言いながら、長髪を後ろに流した眉毛の細い学生と角ばった輪郭に丸眼鏡をかけた学生が入ってきた。
「やあ、芥川君に堀井君。こちらは物理学の天野助教授と漆原宮貴子さんだ」
 芥川は小さく会釈して貴子を見、丸眼鏡の堀井は訊ねた。
「どういうオブザーバーです?」
「僕のところで解剖した女学生の死因について疑問を持たれてね。
 たまたま犯罪小説案内に『吸血鬼ドラキュラ』を載せたじゃないか。
 傷痕や失血など、あれと似ているところがあるものだから話を聞きたいそうなんだ」
「よろしく、天野助教授、貴子女史」
 堀井が挨拶し、芥川の口もかすかに動いたように見えた。
「あの吸血鬼の小説は芥川さんが原典から翻訳されたそうですな?」
 天野助教授が訊くと、芥川はテエブルを見つめたまま顎を人差し指と親指で支えて考え込むのかと思われた。が、そこで視線を動かさぬまま口を開いた。
「お断りしておきますが、あれは小説ではなく案内です。
 完全なる訳出ではなく、抄訳なのです。
 あれが吸血鬼ドラキュラの全てだと思われては、吸血鬼に失礼です」
 そう言うと芥川は完全に黙り込んだ。
「あれは西洋の伝説の存在と五棟君に聞きましたが、そうなのですか?」
 すると、芥川はじろりと天野助教授を眺めて、すぐテエブルに視線を戻して言う。
「15世紀、ワラキア公国の暴君ヴラド・セペシュ公の話です。人は現実にあると考えるのがおぞましい時、伝説という形で伝承するのかもしれない」
「では、芥川君は吸血鬼は現実の話だと?」
 すると芥川は顎を支えていた手をテエブルに置いて握った。
「物理学助教授ともあろう方がなぜ、そのような論理のカタストロフに落ち込むのです。
 私は吸血鬼が現実だなどとは微塵も言ってません」
 芥川の口調に抗議の響きが勝っていたので、五棟が微笑を浮かべて割って入った。
「まあ、芥川君、興奮しないで大丈夫だよ。
 天野助教授は当初、吸血鬼が現実にいるのではと想像していたようだから、つい芥川君も同意見かと思ったのだろう。
 そうですよね、助教授?」
 天野助教授は安堵して「ええ、そうです」と頷いた。
 芥川はまた手を顎に戻して言った。
「一体、私は起きてしまった犯罪自体にはまるで興味がないのです。
 私が惹かれるのは、人間が犯罪者に変わる、まさにインスタンテノスの心理なのです」
 そこで貴子が訊いた。
「今の言葉は、芥川様ご自身が犯罪者に変わることに興味があるわけではないのだと響きましたが、そうですの?」
 天野助教授は貴子を向いて唇を開いた。芥川は驚いた表情をしたが、すぐに笑みに変えた。
「貴子女史は面白いことを言われますね。
 一応は自分は除外です。ですが他人のインスタンテノスの心理を眺めるうちに自分もそうなることに興味を持つかもしれません」
「私は友人の死因を納得したいのですが、今のところ事故とも事件ともはっきりしません。よろしければ芥川様も推理していただきたいですわ」
 芥川は苦笑した。
「さっきも類似して言ったように、私は犯罪の謎には興味がないのです。犯罪者が捕まってから、こういう心理なのだろうと推理することにはずいぶんと食指が動きますが」

 そこで、突然廊下の障子戸が開いて、着物の男が片手で蓬髪を掻きながら「遅くなりました」と言いながら入って来た。
「あ、山川芳円さんです。
 芳円さん、こちらは天野助教授と漆原宮貴子さんだ」
 五棟の紹介には応えず、山川は貴子を見つけると微笑んだ。
「やあ、君、僕のモデルをしませんか」
 そう言いながら背負っていたリュックからスケッチブックを取り出して、貴子の素描を始めた。
「突然、言われましても困ります」
 貴子はまとわりつくような山川の視線に迷惑そうに言うが、山川はまったく意に介さず言い放つ。
「着物の上から察するに、乳の形はよさそうじゃないか。
 何、恥ずかしいなら、腰巻は取らなくても結構だからモデルになりなさい」
 その言葉に天野助教授が大きな声を発した。
「君、女性に失敬じゃないか。
 そうでなくてもこの方は高家のご令嬢だ」
 しかし、山川は天野の言葉に噛み付く。
「高家なんぞにどんな意味があるのです?
 人間の一生は歴史の大海の中の一瞬のまたたきですぞ。
 美しいものを美しいうちに留める。
 それこそが芸術がある理由なのです」
 山川は持論を述べたが、貴子はそれを振り払うように椅子から立ち上がった。
「五棟様、私はそろそろお暇いたしますわ」
「そうですか、山川君の言葉が気に障ったら許してやってください。
 山川君は芸術に純粋なのです」
 五棟はそういう間も山川はいよいよ貴子の素描に熱中している。
「気にしてませんわ」
「何もおかまいもしませんで恐縮です」
 すると天野も腰を上げかける。
「では僕も帰りましょう」
「一人で帰りますわ。天野様は今しばらく皆さんとおしゃべりを楽しまれたらいいでしょう」
 貴子がそう言って素早く目配せしたので、天野は「わかりました」と着席した。
「玄関までお送りします」
「いえ、結構です。私、方向に疎いので、みすずさん、案内をお願いしますわ」
「あ、はい」
 貴子はみすずに先導されて、部屋から立ち去った。

(吸血鬼ドラキュラ4 に続く)

※モガ 大正時代、モダンガールの略として流行った言葉



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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