銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 漆原宮家の執事が二人の男性客を応接室に通した。
 すると貴子が立ち上がって会釈し「叔父様、御足労、ありがとうございます」と礼を述べた。
 八の字形の口髭をたくわえた漆原宮清親がうなづく。
「うむ、貴子嬢、この度は同級の方が残念でしたな」
「はい、新聞を見て気が動転してしまいました。昼に弔問してきましたが、ご家族もひどく落胆されてましたわ。
 叔父様、そちらの方は?」
「こちらは帝国大学法医学教室の五棟君だ」
 五棟はすっと腕を前に出し足を半歩引いてお辞儀をした。
「五棟耕三です、どうもはじめまして。
 本来はうちの教授が説明にうかがうべきところなのですが、多忙のため体調がすぐれず、私が代役を仰せつかりました」
 そつのない挨拶から平民の出ではなかろうと知れる。
「はじめまして。よろしくお願いいたします。
 五棟様のお家は伝統がありそうですわね?」
「いえいえ、漆原宮家と比べたら、足元にも及ばない田舎の男爵家です。
 貴子様は高貴な家のご令嬢にふさわしい麗しさで、私は目がつぶれそうですよ」
「まあ、恥ずかしい。五棟様はお口もお上手ですのね」
 貴子はそう返しながら、天野様にもこれぐらいの台詞が言えたらよいのにとつい心の中で嘆いてしまった。  
 清親が五棟を伴った事情を明かした。
「手ぶらでは貴子嬢に厳しく詰問されるに違いないと、先手を打って、五棟君のところでその同級生の遺体検分を火急に実行したのだよ」
「まあ、叔父様、まるで私が性格のきつい西太后のような言われ方ですわ」
「ふふ、貴子嬢が赤子の時から知ってるのだから、当たらずといえども遠からずだろう」
「まあまあ、叔父様にそのように言われると困りますわ。
 けれど、叔父様、早速のお手配、ありがとうございました。
 たしかに、警察が何もしなければ、叔父様に無理を言って腰を上げていただこうと思ってお呼びたてしたのです。
 さあ、お掛けくださいな」
 執事とその部下が椅子を引いて、三人は着席した。
「兄君はまだご帰宅ではないようだね?」
「ええ、父は遅くなるそうです」
 それで、五棟様、阿南真登子さまの死因はわかりまして?」
「はい。教授の診たてによりますと、失血死であろうとのことです」
 その時、部屋の外で執事が誰かと挨拶する声が響いた。
 先を切った葉巻にマッチで火を灯し吸い出した清親がつぶやく。
「お、兄君のお帰りかな?」
「そうかもしれませんわ」
 まもなく扉が開いて入って来た人物は、当主の成親ではなく、天野助教授だった。
「天野様、ずいぶんお待ちしてましたわ」
 貴子に言われて天野は頬を撫でた。
「やあ、えらく遅くなりました。
 これは清親閣下、お久しぶりです」
「うむ、天野君の研究は進んでますか?」
「ええ、おかげさまで進んでいます。
 や、五棟君までいらしてましたか?」
「助教授、先ほどは冊子お買い上げありがとうございました」
「ええ、実は、あれが面白くて、読み耽って遅れてしまったのですよ。
 貴子様には秘密ですが」
 天野はそう言って悪戯っぽく貴子を見やった。
「まあ、私には秘密ですの?」
「実はですね、この五棟君が西洋の犯罪小説案内の冊子を発行してるのです。
 研究室でそれを読んでいたら、時の経つのを忘れてしまいました」
 貴子は天野のそういう性格は嫌いではなかったから、微笑を浮かべた。

 天野は着席するや尋ねた。
「時に、阿南さんの死因はわかりましたか?」
「失血死だそうですの」
「なんですと?」
 天野が大きな声で叫んだので、一同はびっくりした。
「これは失敬」
 天野は興奮を抑えて五棟に尋ねる。
「五棟君、阿南さんの失血のさらなる原因は、いかなる事から引き起こされたのですか?」
「それがいささか謎なのです。
 外見、内臓は詳しく調べましたが致命的な大出血の痕は見当たりませんでした。
 ただ、大きな外傷はありませんが、首元に大きな虫が刺したような傷痕がふたつ発見されたのです」
 天野はうなづいた。
「教授は毒のせいかとも言われてましたが、失血だったのですね?」
「ええ、首の傷は助教授もご覧になりましたよね?」
 天野は思わず咳払いをした。自分が解剖室から逃げ出したことを思い出し、五棟が貴子に伏せてくれるのを願ったのである。
「いや、その、私からは少し距離があったので」
「教授の言った虫は大きな蜂か蛭のようなつもりだったようです。
 僕が傷口を調べたところ、傷の側面は歯による崩れのない、きれいなものでしたから、蛭ではなく、巨大な蜂の針によるのではないかと思います。
 ただ、蜂の場合は免疫の急激なる反応で死ぬる場合はあるようですが、失血はせぬのが通例です。蜂は人間の血を吸いはしませんからね。
 逆に蛭は血を吸いますが、傷の側面は崩れますし、失血死するほど大量に吸うことは蛭の体の大きさから言って不可能なのです」
 葉巻の煙を吐いて清親がうなった。
「ふうむ、それは謎ですな」
 貴子が確認する。
「では、事故とも病気とも事件とも、まだ判定できないのですね?」
「そうなりますね。
 もう少し調査してみませんと結論できません」
 五棟が言うと、天野が鞄から小冊子『世界犯罪小説案内』を取り出した。
 その頁をめくり、口絵を開いて一同に見せる。
「これを見てください。
 この小説の主人公『吸血鬼ドラキュラ』は首元に噛み付き、血を吸うのです」
 その口絵は紙の質が悪いため発色の鈍い彩色版画だが、しっかり目を閉じた金髪の美女のうなじに、高い鼻と冷たい目をした男前が口からはみ出た二本の鋭い歯を突き立てているという、おどろおどろしい図である。
「僕がこの冊子『世界犯罪小説案内』を読みながらずっと考えていたのはこの一致です。 『吸血鬼ドラキュラ』の傷と真登子さんの首元の傷は位置と数が一致しています。
 さらに死因は『吸血鬼ドラキュラ』の特徴と同じく失血である。
 かかる現象の一致は、ふたつの事例になんらかの物質的もしくは精神的な引力が及んでいると考えると整然とします。
 真登子さんが吸血鬼ドラキュラに殺されたという可能性もあるのではと思います」
 貴子の口があっと開き、清親の目が点になった。
 五棟は軽蔑するような視線だ。
 貴子は笑いながら言った。
「天野様、何を言い出すんです、それは遠い西洋のお話でしょう。
 その犯人がわざわざ遠路はるばる東京までやって来て、真登子さんの血を吸って殺したと仰るのですか?」
「死因はまだ謎なのでしょう?
 だとすれば、あらゆる可能性を検討してもよいかと思われます」
「しかし、貴方は仮にも帝国大学物理学助教授ですのよ、まだ殺人事件とも何とも決まってないのに、西洋の小説の犯人がそのまま東京で私の同級生を殺したなどと主張されるのは軽率かと思いますわ」
 貴子がたしなめると、五棟も加わる。
「あの小説は現実に起きた犯罪ではなく、伝説なのです。
 犯罪小説という範疇から外れるのを、芥川君が面白そうだと無理に入れたのです。
 小説と今回の事件を結び付けるには無理があります」
 そう聞くと天野は少しがっかりした表情になって、まだ発言してない清親を向いた。
 清親は葉巻を口から外すと述べた。
「ふうむ、確かにあらゆる可能性を検討するのは捜査の基本です。
 しかし、ひとつの可能性にこだわりすぎては他の可能性がおろそかになる。
 捜査は淡々と広い視野で進めます。
 天野さんは社会的に影響力があるのですから、外には今の推理を公表せぬ方がよいでしょうな」
「ご忠告ありがとうございます」
 天野は清親に礼を述べて、五棟に向き直った。
「ところで五棟君、この犯罪小説案内は他人の手に何部渡ったのです?」
「それは微々たるものです。
 まず献呈した分が私が一部、芥川君が二部、売ったのは私が助教授以外に教室で四部、芥川君が文学部で二部です」
「お手数だが、その名簿を書いて私にくれませんか」
「はい、造作もありません」
 五棟は貴子から西洋紙を受け取ると、一、二度ふと視線を上げて手を止めたものの、すらすらと九人の名前を書き並べて天野に渡した。
「この九人に僕と五棟君と芥川君の三人ですね?」
「あと、口絵画家の山川芳円さんですね。芳円さんは東京日々新聞などでも事件物の錦絵で人気なんです」
 天野は名簿に山川芳円まで書き足すとつぶやいた。
「なるほど」

「さて、貴子嬢、注文がなければわしは五棟君を送って帰りますぞ」
 清親が言うと、貴子は頭を下げた。
「叔父様、お忙しいところを恐れ入りました。
 原因究明の方、よろしくお願いいたします。
 五棟様もどうぞお願いいたします」
「きっと原因を明らかにしますよ」
 五棟はそう宣言して立ち上がった。

 清親と五棟が公用車に乗って去ってゆくのを貴子と天野は見送った。
「叔父様がすぐ動いてくれたのは有難いけれど、原因究明が難しいのは思いがけなかったですわ」
「吸血鬼ドラキュラが伝説の存在なら現実の犯人ではあり得ない。
 しかし、だとしたら、さっきの名簿の中に犯人がいるように思います。
 日本で吸血鬼ドラキュラの特徴を知っているのはあの名簿の者だけです。
 小説を読んだ人間があの犯罪を真似たかもしれません」
「それも怖いお話ですわ」
「そう怖いです、私も名簿に載ってますぞ」
「ご冗談はおよし下さいな」
 貴子はふざける天野の腕をはたいて微笑んだ。

(吸血鬼ドラキュラ3 に続く)



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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