銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 5

 高3の夏休みはだらだらと過ぎていた。
 その夜、コンビニからの帰り、達也はなにげなく橋から小さな川を見下ろした。
 その橋の幅は4メートルほどなのだが、石垣の底を流れる川は両側をコンクリートで固められて実質の川幅は1メートルにも満たない。
 暗い闇の中、細い川の流れに沿って、すうっとぼんやりした光が移動してゆく。
 達也はハッとして目を見開いた。
 ホタルだ。
 達也は川岸のコンクリートに降りようと決め、欄干をまたいで石垣の上に立つ。
 高さは2メートル程度しかない、途中の出っ張った大きめの石に足をかけて、飛び降り、ホタルを追いかける。
 ホタルの方は、まさか自分をつかまえようとする者がいるなんて、誰にも教わってないから、のんびりふわふわと七十センチほどの高さを飛んでいる。
 達也はほのかに点滅する光に追いつくと、両手で覆うようにしてホタルを捕まえた。
 しっかり空間をこさえた両手のひらの内部を隙間からそっと覗くと、ホタルは相変わらず光を放っていた。
 達也はしばらくコンクリートを歩いて、石垣の中に階段を見つけて道に上がった。
 
 マンションに入る時は、運良く隣の部屋の父親が帰ってきたので会釈して、手のホタルかごを保持したまま中に入れた。
 あとはドアをノックして、母に入れてもらった。
「一体、どうしたの?」
 パックをして間抜けなマスクレスラーみたいな母が聞くと、達也は少し自慢げに答える。
「ホタルをつかまえたから手が使えないの」
「ホタル?珍しいわね、こんな都会にもいるんだ」
「いいから、グッピーを飼う時に使っていた水槽を出してくんない」
「どこだっけ?」
「バルコニーの大きいケースの中、そうだ、そこに、網戸の修理した時の網の残りがあったでしょ、そいつも」
「はいはい」
 
 水槽に網のふたをして、湿らしたレタスを入れてホタルの部屋は完成した。
 ネットで調べたら、笹の葉がよかったのだが急には手に入らない。
 リビングの明かりを消すと、空の水槽の中でレタスにとまったホタルが息をするように光をまたたいていた。
「きれいだね。
 母さんたちは、昔、歌ったよ。
 ほ~、ほ~、ホタル来いって」
「知らないよ」
「こっちの水は甘いぞとか、言ってね」
「あ、ネットで調べたら、甘い水でなくていいって」
「あら、そーなの、ロマンがないわね」
 そこへ父が帰ってきた。
「ただいま」
 入ってくるなり、真っ暗なリビングにびっくりする。
「どしたんだ?」
「見て、ホタルよ、達也がそこの川で捕まえてきたの」
「へえ、東京の住宅地にもいるんだな、田舎を思い出すよ」
 父もソフアに座ってホタルの灯りを眺めた

 父にもひとしきりホタルを見せると、「もういいでしょ」と断って、達也は水槽を自分の部屋に運んだ。
 それでも味のある水分の方がいいかと思い、すいかをひとかけら搾った汁をレタスに垂らしてみたが、ホタルは気付かないようだった。
 それから達也はパソコンに向かい、お気に入りに入れてる大学案内のページを開いた。
 ここじゃ両親は反対することはわかっていた。
 両親が自分に望んでいるのは、ごくありふれた経済学部あたりに進み、ありふれた会社員になることなのだ。
 本当は達也は外洋航路の船乗りになりたかった。
 それは、じいちゃんの話してくれた雪風の寺内艦長の影響があったかもしれない。もちろん今は戦争など当面考えなくてよいし、青い海原を自在に駆ける船を想像すると爽快な気分になるのだ。
 そしていつか船長になれたら、挨拶で言うのだ。
「どんな嵐でもこの船は絶対に沈まない。なぜなら俺が船長だからだ」
 そこまで想像すると、達也は照れてしまう。
 本当は中学を卒業した後に商船高等専門学校に進みたかった。
 ただ、その時、普通の高校の範囲で選択肢を示す両親と教師に逆らうほどの強い意志はなかった。
 しかし、高校に通い出しても、船乗りの夢は次第に強くなる一方だった。
 達也は溜め息を吐いて海洋大学のページを閉じると、再び、水槽のホタルに向かった。

 ホタルは相変わらず点滅していた。

 達也は眺めながらホタルが点滅する仕組みを思い出していた。
 えーと、ルシフェリンという物質が、ルシフェラーゼという酵素の力で化学反応を起こすこ時に発光するんだっけ。
 そして、ふっと気がついた。

 このホタルの点滅、まるでモールス信号みたいだぞ。

 読み取り始めた達也は、夏だと言うのに背筋に寒気を感じた。
 その点滅は、ツー・トン、トン・ツー・ツー・トン、トン・ツー・ツー。
 つまり、じいちゃんの海軍式記憶法でいうと、タール、都合どうか、野球場、という信号を何度も繰り返していたからだ。

 つまり、

 タ、ツ、ヤ。

 タ、ツ、ヤ。

 タ、ツ、ヤ。

 そんなことがありえるだろうか?
 自然の生物の放つ点滅が偶然、自分の名前のモールス信号になっているなんて。
 しかも、一回きりでなく、何度も何度も繰り返すなんてことが。

 そう思っていると、今度はホタルのモールス信号は別の言葉になった。

 ツー・ツー・ツー・トン・ツー、ツー・トン・ツー・トン・トン、トン・ツー・トン
「ス、キ、ナ」

 トン・トン・ツー・トン・ツー、トン・トン・ツー・トン、トン・ツー・ツー・ツー
「ミ、チ、ヲ」

 トン・ツー、ツー・トン・ツー・ツー
「イ、ケ」

 いよいよ背筋がぞくぞくした。
 思わず喉の奥から驚きが吐き出されて、それは耳に「じいちゃん」と響いた。

「じいちゃんだろ?」
 じいちゃんがホタルの光の点滅でモールス信号を送ってくれているのだ。
 じいちゃんが進路を迷っている自分に『好きな道を行け』と応援してくれているのだ。
 そうとしか考えられない。
「ありがとう、じいちゃん」
 達也は声に出して礼を言った。
「最近行かなくてごめん。
 俺、早速、明日、会いに行くから」
 ホタルはまた、タ、ツ、ヤ、と繰り返し出した。
 不意に涙が、なぜかとめどなく溢れてきた。

 そこで一呼吸すると、突然、背後のドアが乱暴に開けられた。
 達也は慌てて涙を拭った。
「達也」
 父の声に振り向くと、父は焦点の覚束ない目をして言った。
「急いで支度しろ、じいちゃんが倒れて意識不明の危篤だ、すぐ出かけるぞ」
「……わかった」
 達也の声は、驚くほど冷静に響いた。
 そういうことだったのか。
 達也は妙に納得して、水槽の網のふたを取り、窓からホタルを放した。
 ホタルは点滅を繰り返して、都会の街へふわりと飛んで、やがて見えなくなった。


 田舎の救急病院に向かう高速道路。
 達也はおもむろに口を開いた、父母に自分の進路について打ち明けるために。

 その目はずっとホタルの灯りの点滅を見ているようだった。      了
 




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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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