銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 3

 川から上がった達也はじいちゃんと並んで岩の上に腰掛けた。

「じいちゃん、また雪風の話を聞かせて」
 雪風というのは太平洋戦争でじいちゃんが乗っていた軍艦だ。
 じいちゃんは目を細めて喋り出した。
「雪風は、駆逐艦だから全長108メーター、2000トンちょいと戦艦より小柄だが、幸運の塊のような艦じゃった。
 最初は昭和16年末フィリピンのレガスピー。続いてニューギニア、ミッドウェー、ソロモン、ガダルカナル、マリアナ、レイテ、戦艦大和と沖縄特攻「菊水一号作戦」まで参戦して、そのたびに無事で帰って来た。
 これがどんなに奇跡的なことか、戦争を知らないもんにはわかるまい。
 帝国海軍の特型・甲型駆逐艦は80隻もあった。
 が、次々と敵に撃沈され、終戦まで無事に浮いて走っていたのはわが雪風だけじゃった。
 鬼畜米英すら奇跡の軍艦として、わが雪風を褒めたんじゃぞ」
 じいちゃんは誇らしげに達也を見つめ、達也は去年も聞いた話にうなづいた。
「うん、すごいね」
「前に寺内艦長の話はしたかな?」
 達也は首を左右に振ってわくわくしながら微笑んだ。
「うむ、歴代の艦長の中でも寺内艦長というのが、そりゃあ豪傑じゃったのう。
 梯子を上がるのがやっとという巨漢だった」
「キョカンて?」
「太ってたんじゃ。
 だから梯子を昇るのがやっと。
 その寺内艦長の、着任、初めて雪風に来た時の訓示、挨拶が変わっていた。
『この艦は絶対に沈まぬ。なぜなら、自分が艦長だからだ』と、きた。
 みんなえらい自信にびっくりしたわ。
 それがまた寺内艦長は言葉だけの大風呂敷ではないんじゃ。
 艦長や参謀や偉い人間は、艦橋という高いところにいるんじゃが、敵からしたら狙いどころでもある。
 戦闘が始まると敵艦の砲撃はもちろん、戦闘機や爆撃機も土産のように艦橋に機関銃を撃ち込んでくる。
 しかし寺内艦長は一段高い椅子に上がり、一番敵に狙われやすい艦橋の天蓋の上に頭を突き出して、戦況を監視するんじゃ。
 部下たちが危険だからやめて下さいと言っても寺内艦長は「わしには当たらん」と言って聞かない。
 そして敵機が爆弾を投下するや三角定規で角度を測り、ちょうど足元にいる士官の右肩、左肩を蹴って操舵の指示を出して、爆弾をよけたというのだから豪胆そのものじゃ。
 乗員みんなの士気がさらに上がったのは言うまでもない」
「すごいひとだねえ」
 達也は敵の弾を怖れもせず、船を操った艦長に純粋に感動した。
「うん、あんなすごい艦長はちょっといないぞ」
「おじいちゃんは何の係?」
「駆逐艦は敵の潜水艦や航空機、敵の駆逐艦を見つけて、艦隊の主力を守るのが本来の仕事じゃ。
 大きな船を動かすにはたくさんの人が仕事を分担しないといけない。
 エンジンを動かす機関、舵を取る操舵、コースを決める航海、そしてたくさんの甲板員、見張り、そして通信などがみんなちゃんと動かないといけない。
 さらに軍艦なのだから、敵を見つける索敵、大砲、機関銃を撃つ砲術、魚雷、爆雷を撃つ水雷術、敵の攻撃をよける回避などの技術が揃わないと、戦場から生きて帰るのは難しいんじゃ」
「そうか、何人が雪風に乗ってたの?」
「二百人ちょっとかな。だが日本に帰る時は何百人も増えてたこともあった」
「どうして増えるの?」
 達也の質問にじいちゃんは寂しそうに目をつぶった。
「船が沈没してしまった仲間を引き上げて乗せたり、負けそうで引き上げる陸上部隊を乗せたからじゃ」
「それで、おじいちゃんは大砲の係?」
「いや、わしはこれだ」
 じいちゃんは膝の上で水平にした手首を小さく上下に振った。
 達也はわからないままに、印象を口に出してみる。
「ヨーヨー?」
 じいちゃんは「あははは」と噴き出した。
「達也、これはなモールス信号を打つ時の手だよ」
「へえー、モールス信号?」
「うん、モールス信号はアメリカ人のモールスが発明した電波で話をする方法だ。
 昔は今の電話みたいに声でやりとりできなかったし、声が送れるようになってもはっきり聞き取れないこともあるから、モールス信号は貴重だった。
 トンという短い信号と、ツーという長い信号を組み合わせて、アイウエオと数字とローマ字を表すんじゃ。
 達也、手を出してごらん」
 頷いて達也が手を出すと、その手をじいちゃんの指先が叩いた。
「タは、ツー・トン
 ツは、トン・ツー・ツー・トン
 ヤは、トン・ツー・ツー」
「ふうん、でも似てて、覚えられないね」
「簡単な覚え方があるんじゃ、音が短いか長いかだけ注意して聞いてごん。
 タだったら『タール』 ター、ル、つまり。ツー・トン
 ツだったら『都合どうか』 都、合、どう、か、つまり、トン・ツー・ツー・トン
 ヤは『野球場』 野、球、場、つまり、トン・ツー・ツー」
「へえー、面白いね」
「面白いか」
 達也はそれから毎日じいちゃんをつかまえては海軍式モールス信号記憶法を教えてもらったり、川に行ったり、虫を取ったりの夏休みを過ごした。

 4

 晩ご飯を終えると、またじいちゃんが誘った。
「今日も虫取りに行くか?」
 達也は首を横に振った。虫を取るのはいいが、農協直営スーパーで買った虫かごは、すぐにカブト虫とクワガタでいっぱいになってしまい、大きいのや元気のいいのを残して入れ替えている状態だ。それも少し飽きてきた。
 それを見てじいちゃんが卓を拳骨の中指で叩き出すので、達也は耳を澄ます。
 ツー、ツー・ツー・トン・ツー・トン、トン・ツー・トン・トン、ツー・ツー・ツー・ツー
「ムシカコ」 
 達也が言うと、じいちゃんが「よし」と言って続ける。
 トン・ツー・ツー・トン、トン・トン・トン・ツー、ツー・トン・ツー・ツー・トン
「ツクル。
 虫かご作るんだね?」
 じいちゃんは嬉しそうに立ち上がった。
「達也は、すっかりモールス信号を覚えたのう。
 じゃあ虫かごの材料を探してこよう」
 じいちゃんと達也はいったん家の外に出た。そして、家のそばに直角に並ぶ昔、馬小屋だったという、窓にガラスもない納屋に入った。
 すると、闇の中にホタルが光りながらふわあと飛んでいた。
「わっ」
 ホタルは田んぼの上にいくつも飛んでいるので達也も特に珍しく思わなくなっていたが、納屋の闇で見るとホタルが案内してくれているような気がした。
 じいちゃんがホタルのいる方に懐中電灯を向けると、そこに虫かごの材料になりそうな板や竹ひごがあった。
 材料を選ぶと、じいちゃんと達也は家に戻り、虫かご作りにとりかかった。

 新聞を読む時の眼鏡をかけたじいちゃんは、まず糸鋸で底板と天板を同じサイズに切り出し、さらに扉にする部分の短い角棒を切り出す。
 次に金属の定規をあてて天板、底板に竹ひごの柱が並ぶ位置を十字でマークしてゆく。
 そして十字に錐を突き立てて穴を開けてゆくが、突き抜ける寸前で止める。
 切り揃えた竹ひごの先端に木工用接着剤を塗り、底板の穴にはめてゆくと竹ひごの柱が次々と並び立った。
 それをひっくり返して今度は天板にはめこむと、パルテノン神殿の木製のミニチュアのような虫かごの形が現れて、達也はその整然とした美しさにうっとりする。
 最後に、扉の部分をはめこんで虫かごは完成した。

 すると、じいちゃんが卓を拳で叩いてモールス信号を打った。
 ツー・トン・ツー、ツー・ツー・ツー、ツー、ツー・ツー・トン・ツー・トン、トン・ツー・トン・トン、ツー・ツー・ツー・ツー。
「ワレ、ムシカコ」
 トン・ツー・トン・トン、トン・ツー・トン・ツー・トン、トン・ツー・ツー・ツー・トン、トン・ツー、ツー・ツー・ツー・トン・ツー。
「カンセイス」
 やったね、おじいちゃん
 達也も卓を拳で打って、モールス信号を送った。

 父と母が車で迎えに来ると、達也は既製品の虫かごと、じいちゃん製の虫かごを持って田舎を後にした。

(ホタル 後編 に続く)



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gingak
  • Author: gingak
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    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
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