銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

承 行方不明


「見っけ」
 卓斗が自販機の裏で関口優美を見つけた瞬間、また大地が大きく揺れた。
「きゃあー」
 関口優美はびっくりして卓斗と飛び跳ねて、今にも倒れそうにぐらぐらしているコーヒージュースの自販機から離れた。
 揺れは2分近く続いた。
 近くの親が心配して出て来る。
「もうお家に帰りなさい、みんな心配してるから」
 そう言われて、遊んでいた子供たちは一斉に自宅に帰った。
 卓斗も迷わずまっすぐ家に向かった。別に葉月のストーカーでもない彼は葉月も勝手に帰ってるんだろうと信じていた。

 しかし、葉月は帰りたくても帰れなかった。
 揺れの大きさにさすがにすぐ目が覚めたものの、さっきまで開いていた石の蓋がまた閉じてしまったため出れなくなったのだ。
「助けて、助けてー」
 真っ暗に近い中、大声で叫んだが誰にも届かない。
「助けてー」
 急速に恐怖が満ちてくる。
 もし公園にいるなら、卓斗が一番近いかもしれない。
「卓斗ー、助けてー」
 しかし、反応らしき音はどこからもなく、しんと静まり返っている。
「卓斗ー、助けろー、バカー」
 葉月はそう叫ぶと、堰を切ったように泣き出した。

「寒いよー」
 だんだん寒くなってきた。
 暗いので何があるかはわからないまま、手で床を探ると、なにやら布きれがあった。
 それをひっぱりあげると、なにか木の切れ端のようなものがぼろぼろと崩れた。
 着物のようだ。
 葉月は袖を通して着物を羽織った。
 ポケットにあったキャラメルを食べると、葉月は疲れて床に体を伸ばした。
 すると頭のあたりにお寺で見たことのある木魚のような丸い形があった。
 何だろう。
 暗闇の中、手でさわっても何かはわからない。
 まあ、いいや、少し脇に避けると、糸のようなのがまとまって手に触れた。
 一瞬、蜘蛛の巣かとびびったがもっとごわごわしてる。
 額も寒いので葉月はそれで額を覆った。
「寒いよー、助けてー」
 また叫んでみる。
 しかし、助けは現れなかった。


 葉月の家では大騒ぎになっていた。
 母の美恵子は地震後なかなか戻らない葉月の行方をまず同級生に電話して探した。
「いつもお世話になってます、畑乃です。
 ええ、地震はなんとか、ええ、
 それより、うちの葉月が羽生さんのお宅にお邪魔してませんか?」
「葉月ちゃん?いいえ。今、息子に聞いてみますね」
 そう言って羽生卓斗の母は息子に葉月ちゃんを見かけたか聞いた。
「もしもし、一緒に遊んだけど、缶蹴りの時、地震になって、後は知らないと申しております、ええ、お役に立てなくて、はい、また何かわかったり、家の近所で見かけたら電話しますね、ええ」
 その後も電話をかけ続けて、6年生の関口優美からも缶蹴りを始める時までは葉月を見たと答えがあった。その後、地震が起きて、すぐに近所の結衣ちゃんのお母さんが来て、家に帰りなさいと言われて皆が帰ったということだ。
 つまり地震の後、一緒に遊んでいた近所の子達は帰ったのに、葉月だけが帰らないのだ。
 もしかして地震の時に、地割れでも起きて呑み込まれたのではないか。
 そう思うと心配はいよいよ増幅してくる。
 夜七時に父が帰宅すると、祖母に電話の傍にいてもらい、両親と親戚で家のまわりから公園までを懐中電灯を持って探し回った。
 しかし、葉月も、葉月が落ちそうな大きな地割れも見つからなかった。
 夜九時を過ぎて、父親が警察に届けると、地震などによる事故、あるいは誘拐の両面から所轄の警察署の捜査が動き出した。
 刑事が聞き込みに走り、機動隊が付近を探索する。
 
 翌朝、葉月が閉じ込められた石室のある洞窟の前にも、棒を手にした警官が立った。
 しかし、洞窟は奥行きがなく、見通せる範囲に人や遺留物は見当たらない。
 まさかその奥の壁の向こうに部屋があり、少女が寝込んでいるとは思いもしない。
 運の悪いことに葉月もこの頃はもはや声を出すのにも疲れ、眠り込んでいた。

 家族の願いと裏腹に、葉月失踪の手がかりは要として掴めず、刻一刻、日一日と時が過ぎて、六日が過ぎていた。
 畑乃家には、古い週刊誌で東京の大学の心理学教授が超常事件を捜査できると載っていたと情報がもたらされたり、テレビの公開捜査に出たらどうかという助言も寄せられた。

 そんな折、地取りから帰った刑事が、捜査本部で遅い夕食の弁当を食べながら夜のテレビニュースを見ていた。
 それは地元で発掘調査隊が古墳の石室の内部を調査したというものだ。
 もちろん刑事は公園の傍で発掘作業が始まったのは知っていた。
 その時、画面に画質の悪い美少女ミイラの写真が出た。
「あっ」
 刑事は叫んだ。
 美少女ミイラの写真は不鮮明だが捜査中の葉月の顔立ちによく似てると思ったのだ。
 この場所、タイミング、そして写真、刑事は迷うことなく、消防レスキューに出動を依頼した。


結 仮名文字の謎


 発掘テントの中にレスキュー隊が入った。
 石室に掘削機でまず5センチほどの穴が開いた。そこからサーモグラフで測定したところ、畑乃葉月の体温は摂氏3度程度。
 やはり、生存は絶望だ。
 それでもオレンジの制服のレスキュー隊員は必死で掘削機で石室に穴をふやし、つなげ広げてゆく。
 なるべく早く家族の元に帰してあげたい。
 その思いだけの辛い任務だ。
 やがて50センチ近い穴が開くとレスキュー隊員が石室に這って入り、少女の遺体をおぶるようにして這いずり出てきた。
「葉月ーっ」
 レスキューの隊員に体を支えられていた母親が泣き崩れた。
 しかし、奇蹟が起きていた。
 レスキュー隊員は迎えた同僚に親指を立てて言う。
「かすかに息が」
「無事なのか」
 どよめきがあがった。
「要救護者は無事、至急搬送」
 母親の涙は喜びの涙に変わった。
 運び出された少女葉月の心臓はか弱いながらも拍動していたのだ。


 病院のICUで診察にあたった医師は会見を開き、たまたま冬眠や低体温療法と同じような状況になり、極端に代謝が抑制された状態で生存できたのだろうと答えた。
 

「よかったでしゅえ」
 教授室でテレビを見ながらグスンと涙と鼻水を垂らしてティッシュで拭いているのは、自称天野教授の婚約者の美由紀である。
 テレビに向けて並び変えられたソフアには天野教授とめぐみと祥子も目を潤ませてワイドショーを見つめていた。
 もちろんテーブルには定番の紅茶とケーキが食べられた痕跡と食器がある。

 ワイドショーには、続いて酒糟教授の釈明会見が映し出された。
 記者はまるで酒糟教授が悪いことをしたかのような口調で問いただす。
「どうして彼女が生きてるとわからなかったんでしょうか?」
「ええ、ファイバースコープのカメラは画質が悪いですから、気がつきませんでした」
「助かったからいいようなものの、事前に確認する方法はなかったんでしょうか?」
「残念ながら、普通、そういう手順はとってませんでした。今後、検討したいと思い」
 答え終わらぬうちに、次の質問が飛んでくる。
「で、あの歌みたいな仮名文字は少女が書いたんですか?」
「あれにつきましては、内部に文字を書いた道具は発見できてません」
「では、歌の意味は解読できましたか?」
「それはまだ調査中ということで……」

 めぐみが言った。
「ちょっと可哀想ですね、酒糟教授」
「そうですね、同業者としては同情したくなってきます」
 天野教授は眼鏡を持ち上げて言った。
「この酒糟教授には別に落ち度はないと思いますよ。
 石蓋はとても少女の力で動かせる筈もなかったし、ファイバースコープのカメラは普通のカメラと較べると画像が粗い。
 あれで生きていると気付けという方が難しいじゃないですか?」
「まったくマスコミはいい加減ですよ」とすぐ同調するのは自称婚約者。
「美少女ミイラなんて見出しをつけて、違うとわかると、考古学教授を袋叩き」
 そこで天野教授は髭を撫でた。
「ここは、ちょっと助けてあげましょうかね」
「え、もしかして教授、仮名文字の謎が解けたんですか?」
 祥子が素早く聞き返すと教授はうなづいた。
「そうかもしれません」


 出迎えた酒糟教授は天野教授を握手で迎えた。
「わざわざお越しいただいて」
「専門違いのでしゃばりですが、なんとかお役に立てないかと来ました」
「まったく面目ない話です」
「こちらは助手の柴崎智美君です、訳あって通常は手袋をしてますのでご了承ください」
「ええ、かまいません、よろしく」
「よろしくどうぞ」
 酒糟教授は柴崎智美の白い手袋をはめた手と握手した。
「それで、仮名文字の謎を解かれたとか」
「ええ、解いたかもしれません」
 三人は応接セットに着席した。
「これが写真ですが」
 天野教授は酒糟教授から三枚の仮名文字の写真を受け取って並べた。
 それは横書きで書かれていた。新聞報道とは逆の並びである。

 かてときみつい そのたまは すわかいくさ
 だが、考古学の常識に従い酒糟教授はすらすらと右から左へ読む
「さくいかわ すはまたのそ いつみきとてか。
 天野先生、これはどういうことなんですか?」
「横書きはそもそも古い日本にはなかったそうですね?」
「その通りです。
 古いもので横書きと思われているものは、一行一文字で右から左に書いた縦書きであるというのが考古学の常識です」
 そこで天野教授が髭を撫でた。
「でも、それは生きている側の世界の常識ではないでしょうか」
「はあ」
 酒糟教授は口を開いた。
「ここに死んだ人間がいるとして、彼女に見せるには常識は役に立たないかもしれない。
 言葉というのは呪術の重要なツールですよね。
 死んだ人間にこちら側と逆の向きに見せたら、もしかしたら時間も逆に流れてくれないか、逆に流れて蘇ってくれないかなどと、呪術はおかしな発想をするのではないですか?」
「まさか、じゃあ」
 酒糟教授は逆に読んでみた。
「かてときみつい そのたまは すわかいくさ。
 待てよ、区切りが違うのか。
 かてときみ ついそのたまはす わかいくさ」
 酒糟教授が大きな声で読んだ。
「勝てと君、ついぞのたまはず、我が戦、ですか?
 なるほど、歌としてすっきりしましたよ」
「いやいや、まだ推理の段階ですよ。
 ここでちょっと例のミイラに触れてみたいのですが」
「はい、解読していただいたお礼として特別に」
 
 酒糟教授は奥のテーブルに歩いて大きな木の箱の蓋を外した。
 中には白骨と着物が収められている。
 天野教授が頭蓋骨を見下ろして言う
「私はこれは間違いなく絶世の美女だったと思いますよ。
 もし私の歌の読みが正しいとするならば、ですが」
 酒糟教授は首をひねる。
「どうですかね、新聞の見出しには痛い目に遭いましたから」
「ちょっとだけ素手で触れさせてもらいますよ、柴崎君」
 天野教授が言うと、柴崎智美が白い手袋を取って、頭蓋骨の上に置かれた遺髪に触れた。

 智美はじっと目を閉じて、何かを待ちうけ、やがておもむろに話し出した。

「お父は嫌いじゃ。
 断れば断るほど、上等の贈り物が貰えるぞなどと喜んで。
 漁に出ないで、貰い物の酒ばかり飲んで。

 男は嫌いじゃ。
 美しい、美しいと、われを褒めるが、われの外見だけのことじゃ。
 そしてわれの心も聞かず、わしがめとる、わしが貰うと殺し合いまでする。

 われがはじめて好いたのは、一家揃って遠くへ越した玄太じゃ。
 神様がはじめて好いた男と一緒になるように決めてくれればよいのじゃ。

 お母の顔はちっとしか思い出せん。
 お母はどうして、われをおいて、死んだんじゃ。

 とうとう下野のおさのせがれさまと郡のおさのせがれさまが決闘するそうじゃ。
 われのためにまた人が死ぬのじゃ。

 われのせいじゃ。
 われは決めた。もう誰も死なない。われは身を投げてお母のそばに行くんじゃ。

 冷たい、でも怖くはないぞ。
 大好きなお母のそばに行くんじゃ。
 冷たい、海は冷たい。

 チェンジド。男性です。

 なんてことだ、命懸けて、敵に勝ったのに。
 ああ、手児奈よ、もう一度目を覚ましておくれ。
 なんてことだ、敵を殺し勝ったのに、お前が死ぬなんて。
 
 チェンジド。葉月ちゃんです。

 寒いよ、寒いよ、お母さん、お父さん、助けて。
 私はここだよ。助けて。寒いよ。
 卓斗、助けて。寒いよ。寒いよ。

 エステングィッシュト」

 智美が息を吐いて、頭髪から手を離すと、天野教授が「ご苦労様」と言った。

「天野先生、今の話はなんです?」
 酒糟教授は驚きを隠せないといった表情だ。
「智美君による、頭髪の記憶読み取りです。
 この美女は有名な『真間の手児奈』だってことです」
「しかし、真間の手児奈は東京の葛飾あたりですよ」
 天野教授は眼鏡を持ち上げて答える。
「おそらく求愛の当事者か、その父であった時の権力者が、真間の手児奈の遺体を金を積んで引き取ってこの石室に埋葬したんでしょうね。ちょっと調べたら大和朝廷の頃はこの辺りにいたのは日本有数の権力者だったそうじゃないですか」
「たしかに、しかし、なぜ、そんなことがわかるんです?」
「私は『あらゆる物や空間は、そこに起きた出来事を記憶できる』、そして『感受性の強い人間は、見えない記憶意識に残る記憶を引き出して見ることができる』という仮説を立てているんです。
 この智美君は頭髪に残る記憶を引き出して語ってくれたんです。
 もちろん今の科学ではまだ証明できませんが。
 でも、他の考古学的な物証から酒糟教授がその事実を解明されることを望みます」
「私は、絶対に、先見、予見は持たずに調査しますよ」
「もちろん。結果を楽しみに待っています」


 天野教授と智美はタクシーで発掘事務所を後にした。
「でも、教授、ひとつおかしなことがあったんです」
 智美の言葉に天野教授は聞き耳を立てた。
「なんですか?」
「言葉にしなかったんですけど、手児奈の意識の見る玄太と葉月ちゃんの意識の見る卓斗がそっくりな顔に見えたんですよ。あれはいったい何なんですかね?」
「せっかく解決したと思ったのに、宿題を残さないでほしいなあ」
 天野教授は苦笑を浮かべた。             了


 f_02.gif プログ村

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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