銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 3

 波多野順子は、チャイムの音にドアホンの受話器を取った。
「はい」
「こんにちは」
 小さなモニターに映ってるのは、髭をはやしたロマンスグレーの男である。
「なんでしょうか?」
「奥様も気になると思うんですが、旦那さんを夢中にするものがあるんですよ。パンフレット、ご覧になりますか?」
 波多野順子は自分の魅力を高める何かと勘違いしたらしく、鏡の前で化粧をチェックし、髪を撫でつけてから、ドアに出た。
「なんです?」
「これです、ご覧になって下さい」
 波多野順子は、天野教授が差し出した、天体望遠鏡のパンフレットを手にして眺めた。これは、もちろん、さっき車でプラ模型店に立ち寄り入手したものだ。
「最近、ご主人が夜遅いことはありませんか?」
「たまにはね」
 波多野順子はすぐにパンフレットを返そうとしたが、そこは毎日たくさんの生徒を前に心理学を講義してるだけあって天野教授の弁舌はさわやかだ。
「まさかとは思いますが、ここで浮気なんてされたら悔しいじゃないですか。この天体望遠鏡を与えると、旦那さんは毎晩、家に直行すること間違いなしです」
「あら、口がうまいのね」
「はは、始めたばかりで」
「でも、都会じゃ、星なんかあんまり見えないでしょ」
「月とか、火星とか、木星とか、少し見えれば十分なんです。あまり小さい星は点にしか見えないから、家庭用では面白くないんです」
「おいくらなの?」
 波多野順子に、そう聞かれると天野教授は焦った。なにしろ、こっちは本当に売る気はないのだから。
「え、えっとですね、消費税入れて五万ちょっとで、高いですよね」
「でも、隣の家とか覗けるかしら」
 狙いはそこか、と天野教授は内心噴き出した。
「ああ、残念です。それなら、もっと倍率が手頃で安いのがデパートとかにあります。
 じゃあ、また機会がありましたら、残念でした」
 天野教授は、次の雨海重子宅でも使うパンフレットを波多野順子の手から奪い返すと、頭を下げて玄関ドアを閉じた。

 雨海重子はなかなか出てこなかった。
 天野教授はおよそ30秒毎にチャイムを鳴らして待ったが、既に5分は経過している。
 そろそろチャイムを押そうかと考えたところで、ドアのロックが解除される音がして、ドアノブがまわる。
「なんなの?」
 言葉と、ドアから雨海重子の顔が見えるのと同時だった。
「こんにちは、こちらのパンフレットをご覧になってください」
 そうパンフレットを出しながら、教授は雨海重子を観察した。白髪が混じり、目にも警戒心が宿っている。
 雨海重子はパンフレットを両手で持ってしばらく眺めた。
「何よ、これ」
「天体望遠鏡のご紹介にまわってるんです」
「うちは間に合ってるよ」
 雨海重子はドアを閉じようとするが、教授はドアのノブを押さえて言うる
「でも、退屈な夜なんか、天体望遠鏡でお月さんの顔でも眺めると和みますよ」
「何?あんた、もしかして、隣のクソ婆の差し金かい?」
「まさか、どうです、夜の暇つぶしに?」
「うちはね、夜は忙しいの、帰ってちょうだい」
 雨海重子はすごい勢いでダンッとドアを閉めてしまった。
 
 天野教授が戻ってくると、戸山刑事はまるで仕事仲間にするように声をかけた。
「お疲れ様でした。どうでした?」
「ええ、波多野順子にはひとつ売れそうでしたよ」
 天野教授の言葉に、二人の刑事はえっと声を上げて驚いた。
「ほんとうですか?」「お見それしました」
 天野教授は愉快そうに笑った。
「いや、それで隣を覗けると勘違いしたみたいですよ。
 この近所の地図があればちょっと見せていただけますか?」
「署か派出所に住宅地図があります」
「ではそれで結構です。推理がまとまりそうですよ」
 天野教授はひとりでうなづいた。

 4
 
 天野教授と戸山、矢原刑事は最寄の派出所の前に車を駐車し、中に入った。
「ご苦労さん、ちょっと教えてくれないか」
 戸山刑事が口を切り、敬礼を返す制服警官に天野教授が尋ねる。
「この地域近辺にある神社を教えてほしいんです」
 すると制服警官はデスクの透明マットの下の地図を指で示しながら答えた。
「それなら、ここに氷川神社、こちらに井筒神社、あと派出所の管轄から外れますが、こっちに八幡神社、あと稲荷ですが玉受稲荷がそちら、」
  天野教授はさらに尋ねる。
「この中で木が多いのは?」
「それなら八幡神社か氷川神社ですね、境内もそこそ広いですし」
 天野教授は矢原刑事に聞く。
「矢原さん、場所はわかりますか?」
「もちろん」
「じゃあ、戸山さん、張り込みっていうんでしたっけ、ご苦労だけど、深夜にやってもらえますか?」
「必要ならしますが、その前に教授の推理を説明して下さいよ」
 戸山刑事が言うと、天野教授が答えた。
「雨海重子は、夜忙しい、と洩らしました。彼女はドアノブを右手でつかんでました。そして左手の人差し指とその付け根が打ち身で青くなっていました」
「それはもしかして」
 戸山刑事が言うと、教授はうなづいた。
「ええ、暗い中で釘を打ってたんですよ」
「丑の刻参りすか!」
 矢原刑事が声を上げると、戸山刑事が唸った。
「うーむ、先生、丑の刻参りでは、裁判で因果関係を立証できないんですよ。
 物質化現象だってそうです。科学的な論証ができなければ、裁判に持ち込めないんで、我々も手が出せない」
「張り込みの意味がないとは断定できないと思いますよ。
 私の専門から少しずれますが、この世を動かしているのは量子理論らしいです。私は量子理論は、意識により現実が変化することを受け入れると思います。
 裁判官はアインシュタインが量子理論に負けたことも知らないのかな」
 戸山刑事は量子理論とかアインシュタインという言葉が苦手だ。
「先生、我々には話がむずかしすぎる」
「とにかく物質化には強い意識の集中が必要です。今回、釘という物質化を可能にしたのはひとつは、雨海重子の丑の刻参りという儀式による意識の集中ですが、それだけでは呪術は成功しない。呪術には常に協力者が必要なのです」
 教授の言葉に矢原刑事が言い返す。
「共犯ですか?」
「ええ」
 戸山刑事も聞き返した。
「共犯がいると?」
「いや、きわめて単純な話です。
 被害者の波多野順子が協力者です」
「そんな、おかしいですよ。彼女は迷惑してるんですよ」
「いや、それがスタンダードな呪術なんですよ。
 映画で『陰陽師』というのがありましたね?」
「ああ、観ました、たしか安倍清明ってやつですね」
「映画は面白くするための過激な演出がありますが、それを除けば、昔は、世界各地でああいう呪術師が活躍しました。
 いいですか、活躍ですよ、実際に効果を上げたんです。
 その一番のポイントは、被害者も呪いを怖れるという意識の集中で、加害者である呪術者に協力したのです。
 その意味で、雨海重子が呪ってやると言い、呪い殺すぞとチラシを入れたのも重大な意味があったんです。
 そして、丑の刻参りという儀式を通した雨海重子の意識の先鋭化に対して、波多野順子は呪いを怖れるという形で受け入れの儀式を行い、両者は意識の核融合を起こし、釘が実際に出現したのです。
 一度、張り込んで、確かめてもらえませんか?」
「うーむ」
 戸山刑事は俄かに信じられないものの、天野教授の話の可能性は感じたようだった。
 なにしろ、出所の怪しい釘は、現に無から湧き出すように出現しているのだから。
「戻りましょう」
 戸山刑事は親指を立てて、車を指した。
「邪魔したな」
 戸山刑事が、口を開いて、やりとりを聞いていた制服警官に言った。
「引き上げるよ、今の話は捜査上の秘密だぞ」
 すると制服警官は、
「賽銭泥棒ではないんですよね」と確認するのが精一杯だった。

 5

 午前一時すぎ、八幡神社の境内の宝物庫の影で、戸山刑事と矢原刑事は雨海重子を待ち受けていた。
 矢原刑事がささやく。
「来ますかね?」
「来るだろう」
「どんな格好で来ますかね?」
 戸山刑事は興味なさそうに、
「さあな」
「やっぱり、白装束で、頭に蝋燭台をはちまきで固定して来るんすかね」
「シッ」
 戸山刑事が身を屈めた先で、電灯の明かりが横切ってゆく。
 明かりが境内の奥に向かうのを確認した戸山刑事は矢原刑事に小声で言う。
「行くぞ」
「はい」

 奥まった場所で一本の杉に向かった雨海重子に、斜め後ろから接近すると、グレーのジャージ姿の彼女は肩から大きめの電灯を吊り下げていて、それが杉の樹肌を照らしている。
 雨海重子は、ショルダーバッグから用意してきた、紙をくり抜いたひと形を取り出し、樹肌にあてがうと、続いて釘と鉄鎚を取り出した。
「雨海重子さん」
 戸山刑事が後ろから背後から声をかけると、雨海重子はびっくりして振り向いた。
「大丈夫ですよ、まだ釘を打つ前だから」
 丑の刻参りは、他人に見つかると本人に呪い返され死ぬという言い伝えもある。だから釘を打つ前に止めて、大丈夫だと告げるように天野教授にアドバイスされていた。
 雨海重子は鉄鎚で殴りかかろうとしたが、矢原刑事が老いた素人の振りかざした鉄鎚をすぐに取り上げた。
「釘を打つと器物損壊だよ、でも、もう大丈夫だから」
 矢原刑事は鉄鎚を戸山刑事に渡すと、雨海重子の手を包むように握った。

 6

 再び、戸山刑事が天野教授を訪れたのはニヶ月近くしてからだ。
「天野教授、すみません、ごぶさたしまして」
「おひさしぷりです、矢原さんも」
「お邪魔します」
 教授は戸山刑事と矢原刑事、そして案内してきた有森朋子とソフアに腰をおろした。
「先日はすっかり協力していただいたのに、お礼が遅れてすみません。
 これはうちの課長と私たちからの品物です。協力いただいたのに、正式な経理にまわせないので、こんなものですみません」
 と、戸山刑事が差し出したのはひとかかえある箱だ。
「これは、ご丁寧にありがとうございます」
「こちらは波多野順子さんからです」
 と、矢原刑事が差し出したのはケーキの箱らしい。
 天野教授が戸山刑事からもらった箱を開けるとそれはコーヒーカップのセットだ。
「前回は思いがけず、美味しいコーヒーをいただきましたが、今回は、図々しくも初めからそれが目当てですよ」
 戸山刑事が笑うと、教授も喜んだ。
「じゃあ、早速淹れますか」

「うーん、おいしい」
 朋子がケーキを口に入れて言うと、向かいのソフアに座った戸山刑事と矢原刑事も頷いた。
「俺たち、仕事柄、あちこちの喫茶店によく入るが、これは本当にうまいな」
「ええ、いつも一番安いブレンドで。たまには戸山さん、いいものおごって下さいよ」
「おいおい、こんなところでばらすなよ、ハハハ」
 みんなが揃って笑った。
「ところで、雨海重子さんはどうなったんです?」
 天野教授が尋ねると、戸山刑事が答える。
「ええ、先生の指示通り、すぐに病院に連れてゆき、脳のMRIを撮影しました。
 驚きました。
 先生の予測通り、脳梗塞が見つかりました」
「そうですか」
 天野教授がうなづくと、戸山刑事は続けた。
「それから手術して、今は退院して普通の生活に戻りました」
 朋子は感心して言った。
「へえー、よかったですね。
 でも教授って、すごいんですね。脳梗塞までわかっちゃうんですか?」
「いや、可能性を考えて、病院で検査させるように伝えただけです。
 脳梗塞や血流性痴呆症になると、よく被害妄想を起こすというので、それが原因かもしれないなと思いついたんですよ。」
 朋子がうなづいた。
「そういえば、ニュースになる近隣トラブルの加害者って、大体五十代以降ですね」
「そう、世の近隣トラブルの何割かは、脳の血管障害による被害妄想がからんでると思いますよ。
 それで、雨海さんの状態は改善したんですね?」
「ええ、かなり改善しましたよ」
 続けて矢原刑事が答えた。
「改善と言えば改善ですが、本当、ちょっとむかつきますよ。
 あんたが丑の刻参りしてたんだよって聞かせても、全然、信じないんですからね」
 朋子はにこにこして言った。
「まあ、そうなんですか、おかしい」
「隣の波多野順子さんも最初はびくびくしてたけど、脳梗塞による被害妄想が原因だったと教えたら、最近では安心して、昔のように挨拶してるようですよ」
「まあ、これでよかったんだよ。
 先生に相談しなきゃ、俺たちは、侵入か傷害か事件になるまで何もできなかったかもしれない。それを先生のおかげで、雨海重子の病気を見つけてやれて、事件を未然に防いだんだから、これは理想的な解決だ。
 先生、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 刑事二人はまた頭を下げた。
「いやあ、照れますね」
 天野教授は髭を撫でおろした。
 矢原刑事が何気なくつぶやく。
「俺もコーヒー道、始めてみよっかな」
「やめとけ、やめとけ」
 戸山刑事が言うと、矢原刑事はムキになった。
「それ、俺にセンスがないって言うんですか」
「違うよ、うまいコーヒー飲みつけると、署や出先の喫茶店のコーヒーがまずくてたまらんぞ」
「あ、もしかして、戸山さん、始めてしまいましたね」
「ハハ、ばれたな」
 四人は再び大笑いした。                    了




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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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