銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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   4 第四木曜日

 その夜は残業のため、電車を乗り継いで部屋の最寄り駅に着いた時は十時をまわっていた。コンビニで週刊誌を立ち読みしていると、伸吾からメールが入った。
(お疲れす。これから、ジュンち、寄ってもいい?)
(おお、歓迎だよ!但し、ビール持参のこと。)
(了解しますた)
 携帯をしまって、ビールのつまみを選んで、レジに持ってくと、後ろから缶ビールを半ダース持った伸吾が肩を叩いた。
「二人とも店内でしたね。」
「糸電話圏かよ。」
 顔を見合わせて笑った。

 肩を並べて歩きながら、伸吾は奈緒美からプロポーズのことは聞いてないのだろうかと想像を巡らせた。もっとも、伸吾も奈緒美も揃って、三年以上、準一に深い関係を感じさせなかったのだから、想像してもわからないのが本当のところだ。
 準一は質問をぶつけてみる。
「なんでさ、この前、急に奈緒美とのことを告白してくれたわけ?」
「うーん、俺もずっと前から言った方がいいとは思ってたんすよ。奈緒美もこそこそするのが嫌なら、男同士で言うべきよ、私は、受け身なんだからねって言うし。」
「そう言われたらそうか。でも、俺、全然気付かなかったなあ。」
「すんません。」
「別にあやまらなくてもいいけどさ。」
 準一はそう言いながら、今は自分がプロポーズのことを隠してる後ろめたさを感じた。 しかし、まだ返事をもらってないプロポーズのことを伸吾に話すのもおかしな話だ。
「で、質問の答えに戻ると、ほら、ラジオで老人の話を聞いたからですよ。漱石のこころみたいな話。あれで話そうてモティベーションが高まったんですよ。」
「うん。」
 そう考えると、あの鈴木老人のおかげで、伸吾は俺に奈緒美との深い関係を告白し、俺は奈緒美を独占したくなってプロポーズしたわけだ。これは鈴木老人に感謝することになるかもしれないな。
 準一は自然と微笑が浮かぶのを感じた。

 部屋の中で缶ビールを飲みながら、とりとめのない雑談を交わすうちに、ラヂオの時間を思い出したのは、なんと伸吾の方だ。
「あ、あの爺さんの話の時間じゃないのか?」
「おお、そうだ、出だしが三分くらい欠けたかな。」
 準一はそう言いながら、ラヂオの電源プラグを入れた。

『その朝は早くに空襲警報がありましたが、空振りのようで、みんなほっとして普段通りに朝食を済ませました。
 芙美子の父は出勤し、芙美子は母と台所で後片付けをしておりました。
 もうみっつになる娘は芙美子に近づいて言います。
「おかあさん、真実子、朝顔にお水あげるう。」
「そう、頼んだわ、偉いわね。」
 芙美子は娘を誉めて、じょうろに水を、幼な子ですから、いくぶん少なめに汲んで渡してやります。
 母が微笑で言葉を送ります。
「こぼさないように気をつけてね。」
「はあい。」
 娘はじょうろを大事そうに両手で抱えて、縁側から庭に降りました。
 地面から家の庇に渡した針金に沿ってすくすくと蔓を伸ばした朝顔の根元に水を注いでやります。蔓は五本ぐらいでしょうか、紫の花はすでに熱暑にそなえてしぼんだものもあり、ピンクの花は今がさかりといっぱいに開いていたりとさまざまです。
 娘は花を数えはじめましたが、そこへ丸をふたつよっつ並べた白い花がひらひら、ひらひら、どうやらそう見えたのはモンシロ蝶で。
「おかあさん、来て、来て、蝶ちょだよ。」
 なあに、蝶自体は珍しくもありませんが、娘がはしゃぐ様子が愛らしくて、芙美子はにっこり、足早に縁側から降りようとします。
 その時、私は冷たいいやな風が吹き抜けたのを感じて「中にお入り」と声をかけます。
 しかし、芙美子と娘はモンシロ蝶に気をとられています。
 私はもう一度大きな声で「いい子だから、中にお入り!」
 娘は私の方を振り返りました。
「おかあさん、お父さんが呼んでるよ。」
 娘の言葉に芙美子がアッと口を開いて何か言いかけました。
 その瞬間、パアァッと太陽が何個も現れたような強烈な光。
 芙美子はびっくりしながらも、咄嗟に娘をかばおうと覆うようにします。
 ほんの数歩あるこうとして、今度は凄まじい突風が隣の屋根を、塀を、そして芙美子と真実子を吹き飛ばしました。
 一瞬のうちに、家中のガラスが割れ、タンスが倒れ、壁が抜け、まるで一瞬のうちに竜巻が来たようでした。
 台所の母はなんとか無事でしたが、妻は顔から胸と手足にかけて、娘は頭から背中、手足にそれはひどい火傷で……。』

 その時、部屋のチャイムが鳴らされた。
 準一がドアを開けると、奈緒美がさっさと入ってしまった。
「伸吾が来てるんだ。」
 準一は困った顔をしたが、奈緒美は気にならないようだった。
「あ、そうなの。お邪魔しまあーす。」
 奈緒美は部屋の中に入ると、伸吾に挨拶した。
「ここで会うのはすごい久しぶりね」
「うん、ちょっとジュンと飲んでたんだ。」
 奈緒美はすぐラヂオの放送に気付いて「ああ、この前の続きね」と言った。

『結局、娘の真実子は十日後に、芙美子は二ヶ月後に亡くなりました。』
『それは、なんとも痛ましいことですね。ご愁傷様でした。』
 伸吾が奈緒美に「奥さんと娘さんが原爆で亡くなったんだよ。」と補足してやる。
「そう。可哀相だね。」と奈緒美。

『酷すぎますっ。
 何の罪もない、妻と子供が、あんな姿にされ、痛みの限りを味わされて、救う術もなく、命を奪われるなどあってはならんことです。
 早期終結の手段などという理由で正当化されてはならない、これは人間性に対する、生命の尊厳に対する重大な罪SINであります。』
 鈴木老人が今までにない激しい口調で怒りをあらわにした。
『原爆投下の罪はSINでありますから、刑罰によって裁いても足りません。
 原爆に加担した全ての人間が魂の眼でその罪の重さをはっきりと認めて悔い改めねば、被害者の無念が晴れることはないのです。』
『まったく仰る通りです。
 鈴木さん、今日が最終回なのですが、ご自分の人生を振り返って、何が一番心に残っていますか?。』
『それはたった今、申しました、芙美子と娘を原爆で惨い殺され方をしたこと、それを守ってやれなかったことです。』
『やはりそうですか。想像を絶する出来事でしたね。
 しかし、逆に、嬉しかったことはありますか?どうでしょう?』
『娘が生まれた時も嬉しかったのですが、忘れてならないのは水谷に危ういところを救われた時です。
 あの時は、敵がまさに私の機を落としにかかり、最期を確信しておりました。それを水谷が颯爽と救ってくれた。
 いや、眩しかったです、水谷が神仏に見えましたね。』
『喜怒哀楽の怒りと喜びが片付きました。さて哀は何でしょう?』
『それは水谷の細君であった芙美子に軍人の覚悟を笠にきて卑劣な形で関係を強要したことです。
 芙美子は私を赦し、結果的に娘も生まれ、芙美子と家庭の幸せを手に入れることができましたが、それはたまたまの結果です。
 原爆とは違いますが、あれは私の重大な罪SINであります。』
『なるほど。それで最後に楽しみが残りました。これはなんでしょう?』
『振り返るといろんなことを学びました。
 水谷には万事を楽観する心と命を顧みず友を救う偉大な心を教えられました。
 芙美子には私への赦しを通して、生命に対する無私の愛の深さを知り、次の生命を守り育てる女性の偉大さを教わりました。また親からも同じように、愛の深さを教わりました。
 そのおかげで、一見、実りのないように見えた私の人生も、掛け替えのない価値ある人生だったと言い切れます。
 すべてがおおいなる生命の学びのためであったとわかった今、すべての思い出をしっかりと噛みしめることができるのです。これが人生というものの最大の楽しみではないでしょうか?』
『なるほど。素晴らしい言葉をいただきました。』
『ちょっとよろしいですか?』
『はい。』
『先週、聞き逃した方がいるので、肝心のところを繰り返させて下さい。』
『どうぞ。』
『昭和十九年、六月十九日の朝、自分は空母瑞鳳から二百キロ爆弾を積んだ戦闘爆撃機に乗り込んで出撃しました。

 やがて目標に近づくと、敵のヘルキャットの編隊が舞い上がってきました。
 隊長機から「敵機を振り切り、目標を攻撃せよ」と突撃命令が出ます。
 敵の機銃は、線香花火のように煌めき、それを見た自分は、縁日の境内を歩いていた記憶を蘇らせました。
 メンコ、ビー玉、ハッカ飴、綿飴、飴細工、お面、輪投げ、金魚掬い、いやあ、これから戦闘だというのにおかしな映像ばかり浮かんでくるのです。
 そんなことでは操縦はいい加減なのだろうといわれると、これが信じられないくらい巧みで、右に、左に、横すべり、急降下、反転上昇と、敵機の包囲をみるみるくぐり抜けて、敵空母を視界に捉えました。
 前方にいた僚機が無線で告げます。
「敵空母レキシントン級、補足す、安田少尉、突撃する!」
 自分も遅れてはならじとばかり、
「目標レキシントン級空母、鈴木少尉、突撃する!」
 そう無線で叫んだ時にはもう体当たりも覚悟です。
 操縦桿をガッと握って、俯角四十度、スロットルは全開のまま、機体が空気の抵抗で激しく振動して、風切り音がギーンギーンと響きます。
 敵空母と駆逐艦の機関砲と機銃から、物量にものをいわせた銃弾の帯が舞い上がってきます。 
 高度四百切ったところで、前方をゆく安田少尉機のさらに手前で、敵の弾が炸裂し、安田少尉機があっという間に火を吹くのが見えました。
「こいつら、新型信管だ!」
 自分は部隊に通報するつもりで叫び、落ちてゆく安田少尉に目礼を送りました。
 しかし、ここまできたら、運を天に任せて降下を続けるのみです。
 敵の銃弾がバッバッと至近距離で炸裂し、機体に傷がつくのがわかります。
 高度二百でついに主翼の前で炸裂した弾に、燃料タンクが引火してしまいました。あっという間に紅蓮の炎が操縦席のまわりを包み、足元から火がまわります。
 火傷のため痛いはずなのですが、痛いというより熱い感覚がじくじくと上がってきます。
 どうせ墜落するなら、敵空母の甲板に体当たりしたかったのですが、機首が下がってしまい、同時に、操縦桿も効かなくなってきます。
 自分は敵空母の甲板を横目で睨み、どんどん近づく海面を見つめました。
 火傷はどんどん広がり、自分は口の中で「熱う、熱う、熱う」と繰り返しています。』
 話を聞いてるうちに準一は、本当に火傷を負って熱いような気がしてきた。
『しかし、頭の内側には、妻芙美子や娘真実子、父、母、義父母、兄、妹、水谷との思い出の場面が次々と浮かびます。よく死の直前に記憶が走馬灯のように駆け巡ると聞いてましたが、まさにその通りでした。
 ふと計器の表示が目に入り高度1メートル、目を瞑った瞬間、意識は肉体からサッと離れました。すると、海面に自分の飛行機の破片と飛行服が散っているのが見えました。
 しかし、これで終わったんだから、仕方ないと思い、苦しさや未練はあまり感じませんでした。それから目をまたたく瞬間に自分は広島の家に戻っていました。
 芙美子は母と縫い物をして、まだ小さい真実子は小さな黒板にいたずら書きのようなことをしております。
 自分は「芙美子、真実子、お母さん」と声をかけてみましたが、妻も母も気付きません。ただ真実子は私の気配を感じたらしく、ふと天井のあたりを見上げました。
 なんとか自分の肉体の死んだことを知らせようと、自分は念を込めて、仏壇の位牌を倒すことに成功しました。
 すると真実子が「父さん、帰ってきた」と無邪気に言い、芙美子は青ざめた顔で胸を押さえました。』
 準一は伸吾と奈緒美と顔を見合わせてゾッとする。
「これ、ドラマだったんだね」
 奈緒美がそうあってほしいと言うが、準一も伸吾も、鈴木老人の次の言葉を待った。
『三週間後には戦死公報が届きました。自分はできるだけ家にとどまって何かあれば、家族を守ってやろうとしたのですが、原爆から妻子を守ることはできなかったのです。』
『鈴木さん、ありがとうございました。
 これで聴いている方も経緯がかなりおわかりになったと思います。
 大野準一さんにあてた「わが人生」鈴木久仁彦さん編もまとめの時がきました。』
「なんで俺の名前を知ってるんだ!」
 準一は思わず叫ぶと、ラヂオのアナウンサーが冷静な声で言う。
『この放送は、霊界通信機により、放送を必要とする方にお送りしているのです。』 

「れ、霊界」「霊界通信機?」「うそ!」
 準一、伸吾、奈緒美は声をあげた。

『はい、かの発明王エジソンが霊界通信機に熱心に取り組んでいたのはご存知ですね。そして、この一見ラジオに見える装置こそは、その遺志を継いで完成された霊界との交信機なのです。』
「あり得ない」と伸吾。
『嘘かまことかは、この霊界通信機の裏パネルを開けてみれば簡単にわかることです。外見こそ、悪意の攻撃から守るため、ラヂオに見せかけていますが、この内部に通常のラヂオの回路はありません。』

 準一は疑いながらも、ラヂオを横方向にまわして裏面を手前にした。
 裏パネルのねじを急いでドライバーで外し、おそるおそるパネルを外すと、そこには高さ8センチほどの正立方体の金属枠と、その内側に爪で固定された水晶球があった。
 水晶球の中には小さくかすかな紫の光が渦をまいているのが見える。
 そして金属枠から伸びた糸は、スピーカーとみられていた裏側は丸い和紙につながっていた。しかも電源コードは内側に入ったとたん途切れて、電源の意味をなしてなかった。

『いかがでしょう、霊界通信機だということわかっていただけたでしょうか。
 もっとも、最近のプリント基盤技術ならそのスピーカーの和紙の厚さでラジオは作れると疑うこともできますが、聴いてこられた方は納得できるはずです。
 大事なことは、我々は、魂こそが生命の実質であり、永遠であることです。
 そして我々の肉体による人生は、おおいなる秩序のために、個々の魂がささやかであれ進歩を遂げるためにあるのです。そうですよね、鈴木さん?』
『はい、ただ今の時代は、前世を戦争という形で唐突に断ち切られて転生された方が多いため、明るい未来を思い描くのが非常に不得手な方が多いのです。
 しかし、恐れることはありません。お聴きの皆さんは自分の明るい未来を信じて生きて下さい。』
『それでは四週間の間、ご静聴ありがとうございました。
 この通信機は買われた店の棚にまたそっと戻しておいてください。不審に思われることなく、放送を必要とする新たな方が買われるでしょう。』
「ちょっと、待って、なんで僕にこの放送を聞かせたんです?」
 準一は思わず聞いていた。
『それは無意識では既にご存知だと思いますが、明確化するために鈴木さんの口からお答えしていただきましょうか。』
『はい、わかりました。
 大野準一さん、あなたは私の生まれ変わりです。』
「そんな!」
 準一は言い返してみたものの、本当に否定することはできないと感じた。
『そして、奈緒美さん、あなたは芙美子さんの生まれ変わりです。』
「えっ!」
『そして伸吾さん、あなたは水谷さんの生まれ変わりです。』
「まさか!」
 鈴木老人が経験した三角関係が、そのまま現代に転生してきたというのだ。
 普通ならとうてい信じられないことだが、霊界通信機の放送には真実の説得力が備わってるのか、三人は誰も反論できなかった。

『あなたたちは自分の前世を知ったわけですが、だからといって、理性でそれに限定されたり、逆に前世の貸し借りを考える必要はありません。自分の魂の願うまま、誰にも左右されず決断して生きればいいのです。
 私にはわかります。
 あなたがたは、これから個々がどんな選択をしようと、私の時代でもそうあったように、いつまでもいつまでも仲の良い三人のままです。それこそが本当の愛だからです。
 それではさようなら。』
 ラヂオ、いや、霊界通信機は、そこでピタリと放送を止めた。
 三人は言葉も出せずに、顔を見合わせた。



 信じてもらえないかもしれないけど、俺は、偶然、手に入れたラヂオで自分の前世を知ったんだ。
 空を飛んでいた、パイロットだよ。
 すごいだろ。
 道理で鳥のように空を飛びたいわけだよ。
 
 さっき、奈緒美から『やっぱり今回は伸吾と一緒に歩いてみたい』って返事が来た。
 
 それで俺は高速道路に繰り出してみたんだ。
 だけど、俺は振られた悔しさなんて全然感じていない。
 むしろ幸福感に包まれている。
 奈緒美も、伸吾も、前世ひっくるめていい奴なんだから、仕方ないよな。

 不意に見知らぬライダーが並びかけてきた。
 黒い革のつなぎの胸が膨らんでるそいつは、俺の顔をちょっと覗きこんで不敵な笑み。
 赤い唇の残像残して、スピード上げて飛んでいきやがる。
 俺も笑いながらスロットル全開、後を追いかけた。        《 完 》

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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